親子、魔女、コーヒー
魔女ネタが二本続いてしまった_(┐「ε:)_
短い冬休みが終わり、三学期がはじまった。春になればこのクラスともオサラバだ。僕らは揃って中学三年生になる。夏休みまでは最後の大会に向けて、部活漬けの毎日、それが終われば学校生活は受験ムード一色に塗りつぶされてしまう。
つまりのんびり出来るのは、あとほんの三ヶ月ということだ。
(せめて、このぬるま湯を堪能させて欲しいなぁ)
そんな願いが叶ったのか、僕は本年度最後の席替えで、窓際の一番後ろの席を引き当てた。
実のところ、この席が本当に先生の注意が向きにくいのかというとそうでもない。教壇に立ってみれば一目瞭然。教室内に死角などないのだ。
でも、この開放感は悪くない。
僕は新しい席に座り、窓からの景色を眺めた。うん、冬枯れの木々が寒々しい。
「わたし、魔女なの」
隣の席になった女子が、突然言った。それは本当に唐突だったので、僕に対しての言葉かどうか、一瞬、判断に迷ってしまったほどだ。キョロキョロとあたりを見回す。彼女の視線は、ガッチリと僕に固定されていた。
「信じてないでしょ? 正真正銘の由緒正しい先祖代々の魔女なのよ!」
すごく得意そうに胸を張って言う。四文字熟語率の高いセリフだ。畳み掛けるような、僕を追い詰めるような威圧感を感じる。
「いいわ! 教えてあげる。魔女がどんなにすごいか」
返事に困って、やっと絞り出した僕の「そうなんだ」というセリフを、彼女はお気に召さなかったようだ。ひとりでどんどん話を進めてゆく。
「明日からひとつずつ、魔女の秘密を教えてあげるから、ひれ伏すといいわ!」
魔女の秘密は三十個あるらしい。
僕の何が、彼女にこんな決意をさせてしまったというのだろう。僕はただ、窓の外を眺めていただけなのに。
僕は約一ヶ月後には、魔女の秘密を全て知ってしまうことになる。そしてひれ伏してしまうらしい。
「ははぁー」とか言った方がいいのかな。
実際、僕と彼女……瀬戸アイラの接点は、今までほとんど皆無だった。彼女はイギリス人とのハーフで華やかな人だし、僕は中学二年生にもなって、未だに引っ込み思案で内弁慶だ。幼馴染や仲の良い部活友達とは楽しくやれるけど、教室ではなるべく目立たないように過ごしている。
瀬戸の長い手足や、色の薄い髪の毛や鮮やかな瞳の色は、僕には眩し過ぎる。あんなキラキラした人と、隣の席で過ごす三ヶ月は、きっと僕の期待していたものじゃない。
そうは言っても、魔女の話は楽しみだったりする。主に彼女が、三十日後にどう落ちをつけるのか。
(ちょっと見ものだよな!)
そんな、僕にしては珍しく、意地悪な気持ちで待ち構えた。
《一日目》
瀬戸は魔女とホウキについて話した。
元々、魔女は集落で薬師や医療の役割を担う人たちだった。魔女の仕事は、病人の身体と寝所を清潔にすることからはじまる。そのイメージから、魔女はホウキを持っている。大鍋をかき回しているのは、薬師が薬を調合している様子だ。
《二日目》
瀬戸は魔女の帽子について話した。
これは魔女裁判の頃に定着したイメージらしい。悪魔のツノをトンガリ帽子が模しているのだ。黒猫を連れているのも、同様に悪魔との関連づけらしい。
《三日目》
瀬戸は魔女がお婆さんな理由を教えてくれた。
これは単純に医療従事者として、多くの経験を積むことが必要とされたからだ。魔女と呼ばれるほどの者は長い年月をかけた、確かな知識と技術を持っていた。それらは親から子へ、そして孫へと受け継がれていく。
《四日目》
僕は瀬戸に質問をした。
「ねぇ瀬戸。今まで聞いた話だと、魔女って『魔法使い』じゃないよね? 君や君のご先祖さまも、魔法を使わない、医療関係者の魔女なの?」
僕の質問に、彼女はキラリと瞳を輝かせた。
「よくぞ聞いてくれたわ! その質問を待っていたの!」
何だろうこの子。宗教の話だったらどうしよう。僕は壺は買うより、投げ割ってアイテムを探したい派だ。
「昨日までのは基礎知識編なの。ここからは隠された真実の話よ」
瀬戸は「隠された……」のあたりから声を潜めて、僕の方へ身体を寄せて耳打ちするように囁いた。
内容よりも、その行動が衝撃的だよ。
「魔女の血統は『コーヒー魔女』と『紅茶魔女』があるの。うちの家系はイギリスが本拠地だから紅茶魔女」
「飲み物の、何が魔女に関係してるんだ?」
そして肝心の魔法はどうなのか。
「それは明日のお楽しみ」
一日ひとつの法則を崩すつもりはないらしい。
《五日目》
瀬戸は、学校を休んだ。体調不良だそうだ。
今日は金曜日。これでは、瀬戸の言うところの「お楽しみ」は土日を含めると三日もお預けになってしまう。僕は自分で思っていたよりも、瀬戸の話を楽しみにしていたようだ。
放課後、僕は一旦自宅に戻ってあるものを持って、瀬戸の家へと向かった。
僕の右のポケットには、担任から預かった進路調査のプリントが入っている。左のポケットには、爺ちゃんの部屋から持ち出した、とっておきの玉露が入っている。
瀬戸は知らないかも知れない。中国茶や緑茶の家系が『仙人』と呼ばれていることを。
週明けからは僕も毎日、仙人の秘密をひとつずつ話してやろう。瀬戸が平伏すのと、僕が「ははぁー」って言うの、どっちが先だろう?
僕の三学期は、のんびりしたぬるま湯ではなくなってしまったけれど、初めて飲む知らないお茶みたいな生活も悪くない。コーヒーや中国茶も、探せば見つかりそうじゃない?
僕は内弁慶を返上して、深呼吸をしてから瀬戸の家の玄関の呼び鈴を押した。