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シュクメルリ、赤いコート、地球儀

『シュクメルリ』とは、鶏肉をガーリッククリームソースで煮込んだジョージア国の郷土料理だそうです。皆さん、知ってました? わたしは知らなかったです(笑)


お題はパイポイさんから頂きました。

「シュクメルリ、シュクラルメルリ、メルメルラ!」


 やっと基本の第一節まで唱えられるようになった。まだまだ先は長い。残りの文言を頭の中に思い浮かべて、ぼくはため息をついた。


 この滑舌トレーニングのような言葉は、れっきとした魔法の呪文だ。第八節まであって、魔力を乗せれば魔法が使える。


 ぼくのお婆ちゃんは元魔法少女で、仲間と一緒に世界をまたにかけ、時空を越えて邪悪な存在と戦っていたらしい。そんなの信じられないって? うん、無理ないと思う。ぼくだって学校で誰かがそんなこと言ったら、へぇーって言う。突っ込むのも面倒くさい。だから誰にも言うつもりはない。


「全然ダメだよヒロ。呪文を唱えれば魔法が使えると思ったら大間違いだよ!」


 偉そうに講釈を垂れているのは、お婆ちゃんの使い魔のメルリ。額に大きな星模様のある、リスと子猫をたして二で割ったみたいな不思議生物だ。とっても長生きで、写真を見る限り、お婆ちゃんが現役の頃から少しも変わっていない。


「だって魔力なんて感じないよ。ぼく四分の三は普通の人間なんだもん」


 お婆ちゃんの魔力をちゃんと受け継いでいるのか、自信がなくなって来る。お母さんはちょっとだけ魔法が使える。子供の頃に一生懸命練習したんだって。

 時々空き缶やペットボトルを潰したり、突然の雨の時に洗濯物を取り込んだりするのに魔法を使っている。第八節まで唱えれば、焼き魚くらいは作れるらしい。


 ぼくはといえば、お婆ちゃんの戦闘服である赤いコートをもらって一週間。まだ全部の呪文を覚えることさえ出来ずにいる。


「だいたいさぁ、なんでこんな呪文なの? 舌噛んじゃうよ。もっと“大いなる光のしもべたちよ、その身体を我に差し出し力を貸せ!”みたいな格好いい呪文がいいよ!」


 メルリにゲラゲラと笑われた。お腹を押さえてヒーヒー言っている。ちょっと笑いすぎじゃない?


「戦闘服、着てみれば? 着ると魔力が底上げされるよ」


 ようやく笑いが治まったメルリが、涙目になりながら言った。


「……だって女の子の服じゃん」


 そう。お婆ちゃんの赤いコートは、着ると変形してミニスカートの戦闘服になる。どんな仕組みになっているのかわからないけれど、髪の毛もぐんぐん伸びてツインテールになってしまう。


「ヒロ、すごく似合ってるじゃない」


 そんなの褒め言葉じゃないやい。ぼくは魔法は使いたいけれど、魔法少女になりたいわけじゃない。せめて赤じゃなかったらなぁ。


「まあ、今は敵もいないし、のんびり修行すればいいんじゃない? 魔法少女の出番がなくて平和なのが一番だよ」


 メルリがバリバリと、おやつのセンベイをかじりながら言った。ちょっとそれ、ぼくの分だからね!


 ぼくが急に魔法の修行をはじめたのには、実は理由がある。お婆ちゃんの身体の具合が良くないからだ。入院することが決まっているし、検査の結果によっては手術することになる。ぼくはお婆ちゃんに、少しでも楽しい気持ちになって欲しいんだ。


 魔法少女だったことや、地球を守るために戦ったことは、お婆ちゃんの誇りだから。ぼくがそれを受け継いであげられたらと、心から思う。


「シュクメルリ、シュクラルメルリ、メルメルラ」


 唱えながら古めかしい地球儀を回す。これもお婆ちゃんから受け継いだ、魔法少女のアイテムだ。邪悪な存在が現れる場所を教えてくれる。


 地球儀はぼくの頼りない四分の一の魔力を受けて、ほんの微かな虹色の軌跡を引いてカラカラと回る。地球は今日も魔法少女の出番を必要としていないみたい。メルリと顔を見合わせて、ホッと胸を撫で下ろす。


 お母さんの代では、地球儀は一度も闇に染まることはなかった。だからこそお母さんは、焼き魚以上の力を必要としなかったんじゃないかな。そんな大きな力は、普通に暮らすには身に余る。ぼくだって、誰かと戦いたいなんて、思ったことはない。


 メルリが言う通り、平和が一番だと思う。



 それから三日後、お婆ちゃんが入院する日がやって来た。ぼくはまだ呪文の三節目までしか唱えることが出来ない。もちろん魔法が発動したことは一度もない。


「ヒロくん、帰ったらお婆ちゃんの部屋へおいで。渡すものがあるからね」


 不甲斐ない気持ちを抱えて、落ち着かないまま学校へ行ったぼくの耳元に、お婆ちゃんから通信が入った。お婆ちゃんは声を飛ばすことが出来る。ぼくは授業が終わると、走って家へと帰った。


 そのままランドセルも下ろさずに、お婆ちゃんの部屋へと行く。


「ただいま! お婆ちゃん!」

「お帰りヒロ。早かったね」

「うん、今日は四時間授業だったから。お婆ちゃん、渡すものって何?」


「これだよ」


 きれいに畳んだ赤いコートを渡された。


「男の子用に、作り直しておいたよ。これなら恥ずかしくないだろう? 着てみてごらん」


 見た感じは今までとあまり変わっていない。でも袖を通してみると、全然違っていた。


 花びらを重ねたみたいなミニスカートの赤いドレスは、軍服のみたいなポケットがたくさんついたジャケットと膝丈のパンツスーツに、赤いヒールのパンプスはゴツいブーツへと劇的に変わっている。ところどころに黒のアクセントが入っていて、戦隊モノのヒーローみたいだ。


「うわー、格好いい! すごいねお婆ちゃん!」


 何よりもぐんぐん伸びた髪の毛がツインテールじゃない! 後ろでルーズにまとめられて、なんだか少し大人っぽい。


「でしょう!」


 得意そうに笑ったお婆ちゃんは、病気になる前みたいに、元気そうに笑った。


「ぼく、頑張って、呪文全部唱えられるようになる! ぼくが魔法使えるようになるのと、お婆ちゃんが退院するの、どっちが早いか競争しよう!」


 お婆ちゃんは「ふふふ。そりゃあ、負けられないね!」と言った。ぼくは、勝ちたくないなぁと思った。


 ぼくにとっては、世界の平和と同じくらい、大切な戦いがはじまった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 書いて頂きありがとうございます! シュクメルリが魔法少女の呪文になったwww ウケました笑笑 赤いコートの変形は格好いいですね (≧∀≦)ノ
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