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雑鬼帳

清姫

作者: 物部 遙

ふと気になったことがある。

嫉妬のあまり僧を焼き殺したとされる清姫伝説についてである。


安達原の話へ、鬼女伝説と人が鬼になったという伝説の関連性についてのコメントがあった際に、一番に思いついたのが、何故かこの『清姫伝説』だったからなのではあるが…

以前より仏教の説話が入ると話が歪むという偏見の持ち主で、この『清姫伝説』は胡散臭さを覚える程に説話向けに改竄されている気がして、あまり好きではなかった。

貴船神社の丑の刻参りや、般若など、人が鬼になるお話は他にも色々あるのに、真っ先に浮かんだのが何故か嫌いなはずの『清姫伝説』。


…これはもう、一度ちゃんと向かい合ってスッキリするしかあるまい。


改めてこの伝説について述べてみると、「昔々、イケメンな旅の僧侶に一目惚れした若い娘が、僧侶を散々追い回した挙句に恋の焔で鐘ごと焼き殺してしまう」というお話が骨子となっていて、そこにアレコレ仏教的な御高説がベタベタと貼り付けられて諸々伝わっている。

改めて調べてみると、実は清姫というのは後々追加された名前らしく、元ネタは未亡人という説もある。


…おや?

なにやら胡散臭さが増してきた。

面白そうなので、清姫の清廉潔白説も視野に入れて考えてみるとしようか。


まず、清姫についてである。

元々名前の無い女性なので、今で言うなら「A子さん(仮名)」的な扱いなのだと思うが、そのように考えてしまっては如何にも味気ない。

物語を考えるにも、人物像が定まらないことには話が進まない。

恋に身を焦がす姫ということなので、ここは世間知らずで純情な、うら若き乙女ということにしてしまおう。


次は、イケメン坊主こと安珍について考えてみたい。

諸説あるのかもしれないが、奥州白河(現在の福島県)の人らしい。

街道沿いは比較的安全とはいえ、野盗や狼の類が出没するなか福島県を出発して和歌山県にある熊野三山まで歩いてお参りに行ったことになる。

それだけ信心が深いということなのだろうか。


さて、事件の主役となったお二人にご登場いただいたところで、時代背景も確認してみよう。

事件が起こったのは平安時代というが、安珍が奥州白河から遠く離れた熊野三山まで旅をしていることから、年代的には熊野詣が盛んとなった平安中期以降ということになるのだろうか。

ということはこの安珍、僧侶の女犯に対する規律が緩く妻帯者も珍しくはなかった時代の人ということになる。

そもそも僧侶といってもそれほど禁欲的な生活を送っているわけではなく、女性がだめなら男色とばかりに、若い小僧を(BL的な意味で)愛でていたから、色恋とは無縁の生活を送っていたわけではない。

熊野詣は道中から精進潔斎を求められるのだというが、そもそも信仰対象たる熊野権現は「貴賤男女、浄不浄を問わず」何人をも受け入れるその性質により、信仰を集めたのだとされているうえ、時代背景を考えると、さほど厳密に女性を遠ざけたかは疑問が残るところである。


以上を踏まえて、改めて清姫伝説について考えてみたいと思う。


大まかな流れを再確認すると

1)安珍が熊野詣の途中、一夜の宿を求めた先の娘(清姫)が一目惚れ。

2)安珍、また戻ってくるからと嘘をついて逃げる。

3)清姫、素直に帰りを待つが、不審に思い調べたところ安珍の逃亡を知る。

4)なりふり構わず安珍を追う清姫。追いつかれた安珍、「あんた誰?」としらばっくれる。

5)嘆き悲しむ清姫を尻目に、再び安珍逃亡。

6)川を渡って逃げる安珍。清姫、だいたいこの辺で大蛇へ交代。

7)逃げ込んだ先の寺で、安珍が焼き殺される

…とまぁ、こんなところだろうか。


実はこの清姫伝説、6番で安珍が川を渡って逃げるあたりだけ話がぶれるのである。

曰く、清姫は悲しみのあまり入水自殺してしまった。

曰く、入水自殺した清姫の体から蛇が生まれ、安珍を追いかけた。

曰く、入水自殺した清姫が大蛇に生まれ変わり、安珍を追いかけた。

曰く、入水した清姫の体が大蛇へと変じ、安珍を追いかけた。

こうして並べてみると、まるで入水自殺した清姫の仇を討つため、大蛇が安珍を焼き殺したようでもある。

たった一晩、宿を求めた先で惚れられただけの僧侶に対して、追い回して焼き殺すほどの仕打ちは、あまりにも酷過ぎるように思える。

実はもっと違う事実が隠されているのではないだろうか…。


実は安珍は奥州白河から旅をしてきたのではなく出身地がそうだったというだけで、意外と近隣の寺に住む僧侶だったのではないのだろうか。

1番の類型として、幼い清姫と結婚の約束をしていたというものがある。

この話を取り込んで、改めて清姫伝説を再構築してみると…


時は平安、あるところに清姫という女性がいた。

この清姫、安珍という見目麗しい僧侶と恋仲にあり、それなりに幸せな毎日を送っていた。

雲行きが怪しくなってきたのは、清姫に妊娠が発覚した頃のことである。

子が出来たと告げる清姫に、安珍は熊野詣から帰ったら結婚しようと答えて姿をくらましてしまう。

日に日に大きくなる腹と不安を抱え、それでも熊野詣からの帰りを心待ちにしていたが、ついに安珍の裏切りを知ることになる。

愛しい人の消息を、履いていた草履が切れて使い物にならぬほどに訪ね歩いて、やっと見つけた先で待っていたのは「人違いだ」と冷たく切り捨てる、心変わりした安珍の姿。

「前世にどのような悪行を重ねたからといって、今世このような仕打ちを受けるのか」

世を儚んだ清姫は失意の中、川に身を投げて死んでしまう。

収まらないのは残された清姫の親族である。

僧侶とはいえ妻帯も許されている身でありながら、母子ともに切り捨てるその所業に腹を立てた遺族が安珍を追い詰め、逃げ込んだ寺ごと焼き討ちにしてしまった。

(一説には安珍は、お堂の中で鐘の中に隠れて焼き殺されている)


ただそのままでは外聞も悪いので、仏法の説話の中に紛れ込ませる形で無理矢理良い話っぽく改竄された話が、現代まで伝わった…とまぁ、このような話だったのではないのだろうかと思うのだが…


なんというかこう、自分で書いておいてなんだが、鬼女にでも大蛇にでも変じてくれた方が、清姫の為には良かったんじゃないかなぁ…


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― 新着の感想 ―
[一言] 伝説のベールを剥がしてみたら、生臭くも悲しいお話しになりましたね。  現代日本でも何気にありそうな感じです。
[良い点] 清姫の哀しみが、伝わってくるお話ですね。 [一言] 鬼や物の怪というのは、能で扱いやすいテーマのように感じます。 今回も、面白かったです!
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