086.精霊術士、特級ダンジョンに挑む
これまでのダンジョンと違って、特級ダンジョンは、街からそれなりに離れた場所にある。
僕らは、1週間をかけて、遥か大陸の西にある、竜凰山脈までやってきていた。
この山脈の一部が、僕らがこれから挑戦することになるダンジョン、天空の架橋と呼ばれている。
「一応、予定としては3日だったな」
「ええ、3日での攻略がベスト。でも、5日までは余裕を持たせておくわ。どちらにしろ、今回は転移結晶を使って帰るから、マネージャーは、先に事務所に戻っていて」
「ああ、お嬢。お前ら、気をつけて行けよ。また、次のライブが控えてるんだからな」
「わかってますよ。マネージャーさん」
「帰ったら一杯やりたい。マネージャー、良い酒を用意しておいてくれ」
セシリアさんの言葉に、後ろ手を振って返すと、マネージャーさんは、幌馬車へと戻っていった。
さあ、いよいよ、攻略開始だ。
眼前に聳え立つ紫紺の光を放つゲート。
ここをくぐれば、いよいよ天空の架橋への攻略を開始したとみなされる。
僕らは、アイコンタクトを取ると、全員で、一斉にゲートをくぐった。
その瞬間、僕らは、攻略者として認識された。
ここからは、常時、魔物に警戒して進まなければならない。
そんな中でも、チェルは、空中に放り投げた魔動カメラに笑顔で手を振っていた。さすがの余裕だ。
「今回は、生放送じゃないんだよね?」
「ええ、さすがに街から距離が遠すぎるからね。それに、3日間の様子を流し続けても、よっぽどのファンの人以外は、ずっと張り付いて見るなんてできないもの。素直に後で、編集して、後日放送って形になるわ」
「そっか」
生放送だと、色々気をつけないといけないことも多いが、編集が入るなら、少し気が楽だ。
多少、男っぽい発言や行動があっても、あとで、なんとかなるし。
「とにかく、まずは、今日中に林道を抜けて、山道の中腹を目指すわ」
「わかった」
「あっ、さっそく魔物が来たみたいですよ!」
「よし、みんな行くよ!!」
暗い森の木々を縫うようにして殺到してきた魔物達に、僕達は、それぞれの武器を向けるのだった。
それから、数時間。
暗い林道を抜けた僕達は、いよいよ山道へと差し掛かった。
緑ばかりだった景色から一転、荒れた岩肌の姿が徐々に増えてくる。
山の登り口付近にあった小川で、小休止を取ると、僕らはいよいよ山道を登り始めた。
「け、けっこう急ですね……」
メンバーの中では、一番体力的に不安のあるエリゼは、ややきつそうな様子だ。
とはいえ、この辺りは、まだ、序の口。カングゥさんやメロキュアさんの知る限りの情報では、ここは、山頂に近づくほどに、どんどん急な崖が増えてくるらしいとのことだ。
「足場が悪いところも増えてきたわね。タイミングによっては、魔物に襲われるとマズいかも」
「危険なところは、命綱をつけて進もう」
そう言いつつ、僕はぬいエルに楔のついた縄を持たせると、急な崖の向こうへと飛翔させた。
ぬいエルが、向こう側の壁に、しっかりと楔を差す。縄がピンと張ったのを確認すると、まずは、チェルからその縄に手をかけて進み出した。
「じれったいわね……」
「焦りは禁物だよチェル」
地形の過酷さはもちろんだが、やはり魔物達も侮れない。
林道で襲ってきた魔物達も、決して苦戦する相手ではなかったものの、こちらが全力に近い力を出さなければ、撃退不可能なレベルの強さを持っていた。
そのため、魔力も気力もそれなりに消耗させられている。
そんな中での、焦りは、即、死へとつながる。
焦った時こそ冷静に、それが精霊術士としての僕の矜持だ。
「エリゼ、いける?」
「う、うん、大丈夫」
こちら側に残っているのは、残りはエリゼと僕のみ。
崖の淵に足をかけながら、おそるおそる進むエリゼを僕は最後尾から見守った。
その時だった。
「魔物だ!!」
「えっ!?」
セシリアさんが向ける視線の先、そこには、なにかふわふわとしたものが浮かんでいた。
それは、まるで風船のように膨らんだ腹だ。真ん丸な腹の四方には、鋭利な爪を持つ手足、そして、こちらに鋭い視線を向ける顔。
見た目はまるで、ムササビ、だが、滑空するのではなく、奴らはふわふわと浮かんでいた。
「まずい、こちらに攻撃してくるぞ!!」
「くっ、コロモ!!」
「はい!!」
空中を漂うムササビの群れに向かって、コロモがファイヤーボールを連射する。
しかし、思いのほか機敏なムササビは、腹を膨らませたり、逆にしぼんだりしながら、火球をギリギリのところで避けた。
「こ、こいつら!!」
「こちらに来るぞ!!」
ムササビのうちの一匹が、猛スピードでこちらへと飛来してくる。
そのターゲットは、未だ、小さな足場を向こう岸に向かって進むエリゼ。
「フレアバースト!!」
だが、すんでのところで、チェルの爆発魔法が直撃した。
その瞬間、激しい爆発が僕らを襲った。
チェルのフレアバーストは初級魔法、本来、こんなに激しい爆発が起こるなんてことあり得ない。
そうか。あいつらが、浮かんでいたのは、腹の中にガスをためていたのだ。
そのガスに、チェルの魔法が引火した。
結果、爆弾が爆発したかのような激しい衝撃が、僕らを襲った。
「きゃ、きゃあああああああっ!!!」
爆風で遮られた視界の中、エリゼの声が聞こえた。
「エリゼ!!!」
明らかに落下していく声。
一も二もなく、僕は、命綱すらつけずに、崖下へとダイブしていた。
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