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082.精霊術士、握手会に臨む

 結果から言おう。

 ライブは、これまでで一番盛り上がった。

 お世辞や忖度を抜きにして、最高のライブと言っていいだろう。 

 僕らと会場の気持ちが重なる一体感……正直、狂おしいほどの高揚感を感じるひとときだった。

 それぞれのソロパートも大成功。特に僕が歌った際には、会場の盛り上がりも最高潮だった。

 少しだけ、自分の声や歌に自信が持てたかもしれない。

 その上、ちょうど、歌が終盤に差し掛かった時に、一番星が夕刻の空に煌いた瞬間は、まさに、奇跡のタイミングといって申し分なかった。

 アンコールまでの楽興を披露し終え、ライブもいよいよフィナーレを迎えた。

 しかし、今日のイベントは、まだ、これで終わりではない。

 夜の部として、握手会が催されるのだ。

 僕ら極光の歌姫は、スタッフさんが用意したレーンの先にそれぞれが並ぶ。

 今回の握手は、僕ら個別の映像水晶(パルスフィア)を買ってくれた人が対象になる。

 握手会が始まると、次々とファンの人たちがやってきた。

 やはりファン層が違うのか、それぞれの列に並んでいる人の傾向が異なる。

 コロモは、男性ファンが多い。彼女の幼げな顔立ちとグラマラスな身体とのギャップに胸を撃ち抜かれた人が多いのだろう。先日の水着動画の影響も大きそうだ。ただ、今や冒険者養成学校で講演をするまでになった彼女には、学生ファンも多く、制服姿の人たちもちらほらと見える。

 エリゼは、男性ファンも多いが、若い女性や駆け出しの冒険者、年配の夫婦などのファンも多い。聖女、あるいは元Sランク冒険としても慕われている証拠だ。

 セシリアさんも、冒険者としてのファンも多いが、やはり女性人気が半端じゃなかった。おそらく全体の女性ファンの8割くらいはセシリアさんのファンだろう。あの列だけ、ちょっと色が違う。

 チェルは、老若男女問わず、みんなに人気だ。さすがカリスマアイドルともいうべき、全方位からの人気。もちろん列も一番長い。

 そして、僕はと言うと、今日はどちらかという男性ファンが目立っていた。時間帯的に、ぬいエルファンの女児の参加が難しかったため、こういう形になったのかもしれない。とはいえ、あくまで比率的に男性(ちょっと気の弱そうな感じの人が多いような……)が多いだけで、チェルと同様、今日はいろいろな年齢層、性別の方が握手にやってきてくれていた。

 驚くべきことに、列の長さは、チェルに次ぐ2位だった。

 なんだか、ノエルという存在が、徐々に、僕の思惑を大きく飛び越えたものになってきているのを感じてしまう。

 正直、少し……ほんの少しだけ、ファンの人たちを騙して活動していることに、罪悪感を感じないでもない。

 幾人もの人々と握手をしているうちに、優しい言葉や応援の言葉をかけてもらうたびに、その後ろめたさは、どんどんと大きくなった。

 本当に、僕はこのままでいいんだろうか……。

 そんな思いを抱えながらも、僕は、自分の出来る限りの笑顔で、ファンの人たちに感謝を伝えていった。

 そうして、列も最後の方に差し掛かった時だった。


「あっ……」


 とある人物が、僕の前へとやってきた。

 それは、僕が、アリエル、エリゼに次いで、長い時間を一緒に過ごしてきた人物……。


「リオン……さん」

「ひ、久しぶりだな……ノ、ノエル」


 初めてこちらの名前で呼ばれ、違和感が半端じゃない。

 いや、でも、それにしたって……。

 彼は、見慣れた勇者としての姿ではなく、まるで正体を隠すように、地味な普段着に身を包んでいた。

 きっと今の彼を見ても、勇者リオンだと気づく人はあまりいないだろう。

 それでも、整った顔立ちは、普段のまま。彼は少しだけエリゼの列を気にするようにしながらも、すぐに僕の方に向き直った。


「えっと……映像水晶(パルスフィア)、買ってくれたんですね」

「あ、ああ……その……この前の攻略の映像も入っているようだったから、興味本位でな」


 この前の攻略、とは、あの氷炎の絶島を舞台にした攻略勝負の動画のことだろう。

 とはいえ、あえて、僕のを買わずとも、エリゼのを買えばよかったのに。

 やはり、リオンはエリゼに対して、未だ、後ろめたい気持ちを感じているのかもしれない。


「こ、この前の攻略も、なかなかのものだった」

「ありがとうございます」

「あ、ああ……」


 そのままお互い黙り込む2人。

 いや、なんだろう。

 こっちは正体を明かせないわけで、不用意なことは話しかけられないし、あちらも、普段からあまり口数の多い方ではないし……。

 そもそも、リオン、別に握手会に来る必要ないような……。

 と、リオンが意を決したように、こちらに両の腕を差し出した。


「え、えっと……」

「あ、握手……するのだろう……?」

「あ、はい、そうですね!」


 僕は、笑顔を浮かべて、リオンの手を包み込むように握った。

 これもチェルから教えられたことだ。こうやって、握ると、ファンの人は喜ぶのだと。

 だけど、そうした途端、リオンがなぜだか、うっ、という表情を浮かべた。

 それに、なんだか凄い手汗だ。

 もしかして、体調でも悪いんだろうか。

 やがて、リオンはゆっくりと、なんだか名残惜しそうに手を放した。


「…………また、会いに来ても、いいか?」

「もちろんです」

「ありがとう……。次、君に会いに来る時は、もう少しマシな男になっていられるよう努力する」


 なんだか、妙に殊勝な発言をしたリオンは、最後に少しだけ女殺しの微笑を浮かべると、それきり振り向かずに人々の流れに沿って、去っていった。

 体調面で少し心配があったが、あの分なら、どうやら随分立ち直ってきているようだ。

 ノルのままでは、彼とこうやってまた話をすることは難しかったかもしれない。

 ノエルの姿は、そういう点でも、僕にとっては、ありがたいものになっていた。

 でも、いつかは……。

 様々な思いを胸に抱きつつ、握手会の夜は更けていったのだった。

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