075.精霊術士と人魚
中ボスを倒し、湖の中央にある島を守る障壁が消え去ったことで、いよいよ僕達は、このダンジョンのボスへの挑戦権を得た。
水中遺跡内の宝箱をあらかた捜索し終えた後、僕達は、遺跡の最奥から再び階段へと足をかけた。
下りだった最初とは違い、今回は水中から地上へと上っていく。
時折襲いくる魔物達を蹴散らしながら、一歩一歩着実に長い階段を上り切ると、僕らはようやく、懐かしい地上へと舞い戻った。
「ふぅ、ようやくまともに会話できるわ」
入り江に突き出た岩に乗り、グッと伸びをするチェル。
陽光にキラキラと照らされたその姿は、ダンジョン攻略だということを忘れてしまうくらい、まさにバカンスだった。
僕らが少しまでいた湖の方を眺めれば、遥か先に、遺跡へと下った階段が見える。
結構な距離、水中を歩いてきていたようだ。
「最高のロケーションだね」
「映像映えもばっちりよ。さっさとボスを片付けたら、みんなで本当のバカンスと行きましょう」
夢のように美しい砂浜の風景の中を進む。
一応、警戒はしているのだが、魔物が出て来る気配も一切ない。
日差しも風もちょうど心地よく、水着で連れ立って歩く様は、リゾートに来た女子グループにしか見えないだろう。
本当に、これ攻略なのだろうか……と、わずかずつ緊張感が削がれかけてきた頃、僕らはようやく、島の最奥らしい岩場へとたどり着いた。
そこにあったのは、波に洗われるように鎮座する、人ひとり分ほどもある巨大な貝だった。
いわゆる2枚貝というやつで、大きさはともかく、時折光を反射して虹色にきらめくその姿は、素直に美しいと思えるものだった。
だが、美しいものには、二面性があるのが世の常というもの。
この巨大な貝こそが、ダンジョンのボスにして、水棲生物の長ともいうべき存在だった。
警戒しつつ、近づいていくと、ある一線を越えた瞬間、ゆっくりとその貝が口を開いた。
中にはいたのは、ホタテでも、真珠でもない、人だ。それも、飛び切りグラマラスな女性だった。
確か、小さい頃に、絵本で呼んだことがある。人間の上半身に魚の下半身を持った空想上の生き物──人魚だ。
とはいえ、魔物だけあって、絵本で見た人魚とは少し違い、顔立ちは完全な人ではなく、のっぺりとしている。
目なども、黒目や白目の境目がなく、まるでパールを埋め込んだかのように感情が読めない。
「来るわよ!! ノエル!!」
チェルが警戒を呼び掛けた直後、音の圧が僕達を襲った。
それは人魚の歌だ。このボスの正式名称は、ミスティックローレライ。
歌を媒介にして、敵を攻撃したり、魔物を操ったりする能力のある厄介な魔物だ。
初手で放ってきたこの歌は、ひとたび聞けば、海へと自ら身投げをしてしまうような、混乱の効果を発揮する。
聞いてしまえば、特に魔力抵抗の低い前衛職は、簡単に前後不覚の状態に陥ってしまう。
だが、音さえ、遮断してしまえば、どうということはない。
僕は、アリエルを使って、全員を守るように、真空の壁を張った。
瞬間、彼女の歌だけでなく、波の音も含めたすべての外界の音が遮断される。
震わせる大気さえなければ、こちらに彼女の歌が、魔力が、届くこともない。
初見殺しを回避してみせた僕達だが、ローレライの力は、それだけではなかった。
彼女の歌に呼応するかのように、いつの間にか、僕らは、大量の魔物の取り囲まれていたのだ。
砂浜に大量にいたあのレイザークラムを筆頭に、カニやヤドカリなどが巨大化したような甲殻系の魔物達。
さらには、空中に、鋭いくちばしを持つ、魔鳥の大群までもが現れた。
そいつらは、近接戦闘を苦手とするローレライの前に、壁のように立ち塞がる。
まさに、お姫様を守る騎士達といったところだな。
「蹴散らすわよ!!」
「うん!!」
さあ、戦闘開始だ。
開幕早々、コロモが魔物の大群に全力のファイヤーボールをぶちこんだ。
巨大な火柱が上がり、カニやヤドカリが香ばしい匂いを立てる。
だが、数が多い。難を逃れた魔物達が、一斉に、こちらへと進軍してくる。
それらをバフにより、能力を向上させたチェルとセシリアさんが、各個撃破していく。
場所が砂浜ということで、踏ん張りがききづらく、2人はいつもより戦いづらそうにしている。
その上、地上の敵に集中していると、空中から隙を見て、襲い掛かってくる魔鳥達の突進攻撃にまで意識を割くことが難しくなる。
2人が、全力で戦えるように、僕は、アリエルの風の力で、魔鳥の群れをかき回すと、そこにコロモが低級魔法の連打で、一匹ずつ着実に撃破していった。
数の暴力はすさまじいが、捌けないほどではない。
このまま、じわじわと数を減らして、ローレライを追い詰めようとしていたその時、再び、空気を伝って、振動が起こった。
ローレライが再度、その歌声を響かせたのだ。
その瞬間、魔物達の力が一気に強くなる。今度の歌はバフだ。仲間の能力を引き上げている。
逆に、僕達は激しいだるさを覚え、動きがどんどん鈍くなっていく。あのカングゥさんが使っていたようなデバフ能力。
彼女の歌には、味方へのバフと、敵へのデバフの2重の効果があるのだ。
このままじゃ、一気に押し込まれる。
「チェル!!」
その名を呼ぶと、チェルはポーチから何かを取り出すと、宙へ投げた。
それは、僕達がライブでも使っている、音響水晶。
「さあ、行くわよ、みんな!! 極光の歌姫の本領発揮よ!! アイドルで冒険者の力、とくと魅せてあげるわ!!」
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