073.精霊術士、水中へ潜る
湖の最東端までたどり着いた僕ら。そこには、遺跡へとつながる水中への階段が設置されている。
苔むした石造りの階段を数段降りれば、もう水の中だ。
もちろん、今の状態では、水中で活動などできないわけで、ここで、僕の精霊術の出番となる。
「ヴ・ヴルゥ―サ」
その瞬間、チェルの身体の周りに高密度の空気が圧縮された。
圧縮しているのが空気なので、地上では、あまり変化がわからないかもしれないが、チェルを中心に、身体がおおよそ包まれるほどの範囲に、球状の膜が形成されている。
この空気の膜は、多少身体を動かしても、その動きに追従して形を変えることができる。
呼吸を確保するとともに、水中での戦闘も可能にする精霊術だ。
続けざまに、残りのメンバーにも同じ術を施す。そうして、最後に、自分にも術をかけると、よし、とぬいエルを抱いた。
「これで、水中も大丈夫。ただ、制限時間があるから、もたもたはできないよ」
「ええ、警戒しつつも、迅速に攻略しましょう」
チェルを先頭に、水中の遺跡へと続く階段を降りていく。
10段ほど降りた辺りで、足が水が浸かり、20段降りた頃には、全身が水の中に沈んでいた。
とはいえ、呼吸はまったく苦しくない。僕の術はきちんと効果を発揮しているようだ。
攻略前に、一人で、河原で練習しておいて良かった。
全身が水の中に入ると、さすがに周囲の景色が、先ほどまでとは一変する。
水中と言うと、暗いイメージがあったが、外が快晴なこともあってか、かなり明るい。
水の透明度も高く、視界はすこぶる良好だ。
足元に気をつけながら、古びた石階段を降りていくと、やがて、僕達は、水中遺跡の入口へと降り立った。
古い歴史を感じる遺跡の各所には、石階段と同じく、コケや水草がいたるところにこびりついている。
「さあ、行くわよ!」
と、チェルは言っているのだろう。
右腕を元気よく振り上げると、歩き出した。
僕らもそれについていく。
水中には魚の影も多く見える。
遥か頭上には、キラキラと水面が光り輝いていた。
ゆらめく光芒が、時折、僕らの足元を明るく照らし出す。
ダンジョン攻略と言うことを忘れそうになるほど、幻想的な光景だ。
今回、映像を取っているカメラは全て、水中でも撮影ができる特殊仕様になっているため、この美しい光景も、きっとしっかりと収めてくれていることだろう。
だが、やはりただの物見遊山というわけにはいかないようだ。
先頭を行くチェルが剣を抜いた。
やってきたのは、魚の頭に人間の手足がついたような魔物だった。
それだけ聞くと、なんだか不気味な印象を受けるかもしれないが、実際のリアルな魚よりも少しデフォルメされたような見た目をしていて、どことなくコミカルだ。
魚男(仮)たちは、手に持った三又の槍を振り上げると襲い掛かってくる。
水中では、直接空気膜を接触させる以外に、会話をする手段がない。
事前に大雑把なハンドサインを決めていた僕達は、チェルの"迎撃"という合図で、一斉に戦闘態勢に入った。
前衛の2人が魚男達と武器をぶつけ合う。
チェルもセシリアさんも、地上に比べれば、幾分動きが鈍くなってはいるが、十分に魚男たちと渡り合えている。
とくに、チェルの方の成長は凄い。ほんの先日まで、レベル20台だったチェルは、ついに30の大台を超えた。
30とはすなわち聖塔に挑戦できる最低限のレベル目標を達成したという事であり、冒険者としても、本来ならベテランと呼ばれるにふさわしいレベル帯だ。
もっとも、チェルはここまで、ほんの3か月ほどで到達してしまったわけで、いかに彼女のユニークスキルが有用であるがわかるというものだ。
その上、レベルに寄らない、天性の戦闘センスというものも、一層磨かれているように感じる。
普段の実力を出せない水中においても、彼女に焦りはない。
相手の行動を見極め、捌き、カウンターを叩き込む。流麗な戦い方は、まさに白鳥じみた、水面下の努力のたまものだった。
同じく成長株であるコロモも、前回の攻略を通して、さらに大魔導士としての柔軟な戦い方を学んだようだ。
水中では、使える魔法に大きく制限がかかる。
炎の魔法であるファイヤーボールも、本来ならば使えないものだ。
しかし、僕が力を貸せば、そんな不可能が可能になる。
「いくよ、コロモ!」
「はい、師匠!!」
コロモがかざした手の周りに、僕は、アリエルの力で、圧縮した空気を絡みつける。
水中で火が消えてしまうのは、温度の低下と燃えるために必要な酸素がないからである。
僕がアリエルの力で酸素を供給し、コロモが圧倒的な火力の火種を作れば、世にも珍しい水中で燃える炎の誕生だ。
「ファイヤーボール・アクア!!」
大量の空気のつぶを吐き出しながら突き進んだファイヤーボールは、見事、一匹の魚男を直撃し、その身体を炭へと変えた。
よし、威力も十分。
仲間達との連携で、次々と魚男たちを撃退した僕達は、中ボスのいるフロアを目指して、水中をひたすら突き進むのだった。
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