063.精霊術士とアイドルの出会い
2年前だった。
チェルが侯爵様との婚約を受け入れた翌月、チェルの父親であるコーラル男爵は、残る2年間をせめて自由に使って欲しいと、この聖塔のある自由都市の学校への留学を提案した。
残る2年間も、領地の運営に父親と共に携わるつもりだったチェルだったが、結局、彼女の弟達からも背中を押される形で、とりあえず体験入学だけはしてみる気になったそうだ。
「自由都市の学校生活っていうのには、多少興味があったからね。領地にはあまり世代の近い友達っていなかったし、同年代の子達と話をしてみたかったのもあるわ。もっとも、お父様としては、私に良い思いをさせて、侯爵様との結婚を嫌だと言って欲しかったのかもしれないけれど」
「親心ってやつ?」
「お父様は、ノルと同じくらい優しいからね。家の事なんか全部投げ出して、都会で生きて欲しかったのかもしれない。でも、私は、そんなお父様の気持ちとは別に、早く実家に戻りたくて仕方がなかったわ。お父様ったら、ハンサムだし、びっくりするくらい優しいけど、領地の運営となるとセンスはまるでなかったから。私が補佐しないと、どれだけ損失が嵩むかわかったものじゃないもの」
「あ、はは……」
なんというか、信頼している部分と信頼していない部分がはっきりしていて、おもしろいな。
「で、この自由都市の学校に体験入学したんだけど、1週間で、もう飽きちゃってね。やっぱりなんていうか、"温い"環境って肌に合わなかったのよ。元々、さっさと実家に帰りたかったのもあって、すぐにマネージャーに御者を頼んで、領地に戻ろうとしたの。でも、ちょうど、その時期、魔物が大量発生してたのよね」
「ああ、そういえば……」
そんな時期があった。
僕が冒険者として、まだ1年目のルーキーだった頃だ。
暁の翼も、リオンとエリゼと僕の3人だけで、身一つでこっちにやってきた僕らは、赤貧生活を送っていた。
ダンジョンの攻略もなかなか上手くいかず、街道周辺の雑魚モンスター退治で糊口をしのいでいるような有様だったな。
攻略に参加せずとも、大量の魔物が狩れるチャンスとあって、僕達は、来る日も来る日もなんとか倒せるレベルの魔物を討伐しては、少しずつレベルを上げていた。
「街道周辺を馬車で入っている時に、運悪く魔物の襲撃を受けてね。馬車は横転、私は、近くにあった崖から落ちた」
「えっ……!?」
「でもね。運良く助かったのよ。たまたま森の中で、秘密のトレーニングをしていたとある冒険者さんのおかげでね」
「…………………あっ」
もしかして、それって……。
「ぼ、僕……?」
「正解。こんな美少女と出会ったことを忘れているなんて、本当にノルにはあきれるわ」
「え、え、でも……え、えっ!?」
もはや、言葉がまともに出てこない。
あの時、出会った少女がチェルだったなんて……。
いや、確かにものすごく可愛かった印象はあったが、でも、どちらかというと、ちょっと儚げな印象だったし、何より、暗い森の中だったら、あんまり顔をはっきり見れていなかった。
「そ、そっか。だから……」
「そう、私が、あなたのファンになったのは、それがきっかけ」
僕は、極光の歌姫に誘われるずっと前から、彼女に出会っていたのだ。
2年前、僕は、自身が精霊術士として、パーティーに貢献できていないと感じており、自分の力をどうすればもっとうまく使えるようになるのか、仲間にも黙って、よく森に籠っては研究を重ねていた。
精霊憑依もその時に獲得した技術だ。
確か、精霊憑依状態に初めてなったとき、風の目を通して、女の子が崖から落ちたことに気づいたんだ。
そして、僕は、今回のように、風の力で飛翔して、その女の子を助けた。
それが、まさかチェルだったなんて、今の今まで、考えたこともなかったけれど。
「少女を助けた男の子は、私よりも小さくて、とってもなよなよしてて、英雄と言うには、少し足りない雰囲気だったけれど、でも、とても優しそうに笑っていたわ」
「そうだったかな……?」
僕としては、結構颯爽と助けたつもりだったけど。
まあ、確かに、初めての精霊憑依の後で、魔力は空っぽ。きっとその笑顔も、やせ我慢だったんだろうな。
「聞けば冒険者をやってるっていうから、色々話をしたわ。お金が無くて、苦労してるだとか、ユニークスキルが役に立たないだとか、自分の職業がパーティーに必要ないかもしれないとか」
「そんなこと話したんだ……」
全然覚えてない。
「そして、最後に、こう聞いたの。そんなにたいへんなんだったら、なんで、冒険者なんてやってるの? って」
「な、なんて答えたの、僕?」
「"自分がやりたいと思ったことだから、どんなに苦労してもやり遂げたいんだ"って、そう言ったわ」
はぁ、なんかちょっとカッコつけてるな、僕。
「気恥ずかしい」
「そんなことないわ。私ね、その言葉を聞いて、自分を少し恥じたの。思えば、私って、今までずっと、やりたいことに全力で取り組んだことがなかったな、って」
「それは……」
それをする余裕すら無かったということだろうに。
むしろ、多少の苦労はあろうが、やりたいことをやれた僕の方が、ずっと幸せだ。
そこで"恥じる"なんて発想が出る辺りが、さすがチェル、と僕からしてみれば思ってしまう。
「命の恩人に、言われた言葉って、胸に響くものね。私は、残る2年間を、自分のやりたいことのために使うことを決意したわ」
「それで、アイドルに?」
「そういうこと。アイドルになりたいと思ったきっかけは、お母様からの影響かな。まだ、お母様が生きていた頃に、病床に伏せるお母様にたびたび歌やダンスを披露していたの。私のパフォーマンスを見て、お母様が喜んでくれる姿を見るのが、私は大好きだった」
「そっか」
僕が、チェルが一歩前に踏み出すきっかけになったなら、こんなに嬉しいことはなかった。
当時の僕、グッジョブ。
「ちなみに冒険者には、なんでなろうと思ったの?」
「それも、あなたが原因よ。街でアイドル活動に精を出す傍ら、ずーっとあなたの事をチェックしてたのよ。そしたら、いつもいつもおいしいところを仲間の手柄にされてるんだもの。あまりに、自分の能力をアピールするのが下手すぎて、本当にやきもきさせられたんだから」
「あ、あはは……」
す、すみませんでした。
「だから、いつか、私があなたの本当の力を世間に見せつけてやろうと思ってたのよ。そのためには、自分も冒険者にならなきゃ。聖塔を攻略しなきゃ、ってね」
「つまり、チェルが冒険者になろうと思ったのは、僕のためってこと?」
「私の自分本位な押し付けだけどね」
とはいえ、僕のためを思って、そこまで決意してくれたのは事実だ。
なんだか申し訳ないような、いや、でも、嬉しいような、そんななんとも言えない感情で、胸が熱くなってくる。
「まあ、本当は、冒険者になれば、あなたとずっと一緒にいられるんじゃないかと思ったからなんだけど」
「えっ、何か言った?」
「何でもないわよ」
よっと伸びをすると、チェルは気持ちよさそうに目を細めた。
そして、また、ゆっくりと口を開く。
「でもね。今は、それだけじゃない。私は、誰かのためじゃなく、自分自身で冒険者をやりたい。その上で、あなたというパートナーと、極光の歌姫のみんなと、その頂点の景色を見てみたい。そう心から思っているわ」
「チェル……僕もそうさ」
チェルへと視線を向けると、僕は深く深く頷いた。
「だから、絶対に、君に冒険者を止めさせたりしない。僕がさせない」
「2度も命の恩人になってくれた人の言葉だもの。信じてるわ。もっとも、お互い裸じゃ、あまり様にならないけれど」
「え、あ、っと……!!」
そうだった。めっちゃくちゃチェルの方を見ていた僕は、あわてて目を逸らした。
「見ていいのに。私、身体には結構自信があるんだけど」
「いや、そういうのはよくない」
「侯爵様に処女捧げるくらいだったら、いっそノルに」
「それ以上、ダメ、いけない」
「なんで片言なのよ」
ぷふっ、と拭き出すチェル。
うん、僕には、まだ、そういうのは早い。
正直、チェルがそこまで、僕に好意を抱いてくれていたことは、顔がにやけてしまいそうになるくらい嬉しいけれど。
と、その時だった。
雪原のどこかから「おーい」という声が響いた。
僕達は顔を見合わせる。
「みんな、探しに来てくれたみたいね」
「身体の方は平気?」
「うん、ノルの方は?」
気づけば、身体が温まっただけでなく、魔力の方もかなり回復している。
よし、これなら、ここからの攻略も行ける。
「大丈夫!」
「だったら、そろそろ行くとしましょうか。ここから大逆転するわよ」
「ああ、やってやろう! チェル!!」
深く頷くと、僕はそそくさと湯船から上がった。
その際、なんだかチェルが「綺麗なおしり……」と呟いていたような気がしないでもないけど、聞かなかったことにしておこう。
「面白かった」や「続きが気になる」等、少しでも感じて下さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますととても励みになります。




