061.精霊術士、中ボスに挑む
氷鬼の強靭な耐久力。
それは、こちらの予想を遥かに上回るものだった。
バフ担当の僕とエリゼを除く、3人のメンバーは、いずれも先ほどから連続で攻撃を繰り返している。
どれも、それなりに有効だ。
勇者となり、攻撃力の増したチェルの剣は、確実に奴の巨体を切り刻んでいるし、セシリアさんの闘気解放による突きは、相手の鋼のような肉体を容易に貫いている。
2人の攻撃の合間を縫うように放たれるコロモのファイヤーボールも、次々と着弾しては、ダメージを増やしていっている。
しかし……。
「やっぱり、恐ろしく頑丈……」
オーガ系モンスターのタフさは全モンスターの中でもトップクラス。
その上、氷鬼は、攻撃を受ける瞬間、その個所に氷を形成し、纏うことで、ダメージを最小限に減らしていた。
結果、こちらから受けるダメージと自己治癒能力での回復が、ほぼほぼ釣り合う形となり、戦闘がどうしても長引いている状態になっていた。
「このまま長期戦になったら、まずいですよね。ノエル」
「うん……みんな、全力で、バフをかける。一斉に攻撃してくれ!!」
「ええ!」「はい!」「ああ!」
バフはあまりかけすぎると、本人の感覚を狂わせ、さらに自覚のない疲労も蓄積させてしまう。
だから、僕は普段から、必要なバフ以外は、かけすぎないようにしていた。
それを今、解放し、全力で、仲間の能力を引き上げにかかる。
アリエルが上昇させることのできる能力は、攻撃力と防御力、そして、スピードだ。
僕は、まず、チェルとセシリアさんの全ての能力を大幅に上昇させた。
目に見えて動きの速くなった2人が、両サイドから氷鬼に飛び掛かる。
「はぁあああ!!!」
「闘気解放!! 螺旋穿孔!!」
完全に挟まれる形になった氷鬼は、攻撃力が低いと判断したチェルの攻撃への対処を捨てた。
セシリアさんの方に身体を向けると、両腕に小手をつけるかのように氷の盾を形成し、迎え撃つ。
しかし、僕の全力のバフを受けたセシリアさんの攻撃で、貫けないものなどない。
簡単に氷の盾が砕かれると、そのまま腕を抉るようにして、氷鬼の腹に風穴を開ける。
さらに、背中にも氷の鎧を形成したものの、そちらも、チェルの攻撃によって、砕かれ、背中に真一文字の裂傷が生じた。
左腕の肘から先を抉り取られ、腹に穴を開け、背中から紫色の血を噴水のように拭き出させた氷鬼は、さすがに絶叫を上げる。
さあ、あと一歩。
「コロモ!!」
練りに練った彼女の全力のファイヤーボール。
完璧なタイミングで、それが氷鬼に着弾した瞬間、僕は、アリエルの風の力で火力を引き上げる。
同時に、破壊力が無駄に拡散しないよう、真空の壁を奴の周囲にはりめぐらせた。
氷鬼の周囲の氷が、水を経ず、一瞬にして昇華し、湯気がもうもうと柱のように立ち上る。
しばらく後、氷が解けて落ちくぼんだそこには、苦悶の表情を浮かべながら、全身を炭化させた氷鬼が膝をついていた。
「ふぅ、思ったよりも時間を使ってしまいましたね」
「ええ、急がないと……!!」
皆で、渓谷のさらに奥へと駆け出そうとしたその時だった。
「ぐ、ぐあああああっ!!!」
「なっ!?」
真っ黒な炭になったはずの氷鬼が、動いた。
「そんな、バカな……」
コロモの大火力をさらに最大限まで高めたにも関わらず、ギリギリのところで、まだ、命を保っているとは……。
タフだとは思っていたが、ここまでとは恐れ入る。
おそらく、火球が着弾した瞬間、残る魔力を全て使って氷の鎧を身に纏ったのだろうが、それにしたって、あまりに規格外の耐久力だ。
だが、さすがにもう、ほとんど力は残っていないようで、叫びを上げるだけで、身体の方はほとんど動いていない。
「まったく!! ドドメを刺してやるわ!!」
「あっ、チェル!!」
「フレアバースト!! 魔法剣"爆砕"!!」
チェルがフレアバーストを唱える。
直接敵にぶつけるのではなく、剣に爆発の魔力を纏わせる魔法剣だ。
そのまま、剣を大上段に構えると、チェルは、氷鬼へと跳躍する。
「はぁあああああ!!!」
全力を込めた魔法剣。未だ叫びを上げるだけの氷鬼の頭に、チェルはそれを叩き込む。
剣と一本角が触れたその瞬間、込められた魔法力が解放され、氷鬼の角が跡形もなく吹き飛んだ。
角は、オーガの生命力の源だ。
これさえ、破壊すれば、さすがのオーガも、もう立ち上がることはできまい。
「よし、これで、完全勝利ね!! さっさと進──」
「チェル!!!」
油断……だったのだろう。
角をへし折ったことで、勝利を確信したチェルは、空中で無防備をさらした。
その身体を氷鬼が残った右手でつかんでいた。
「くっ……こいつ……!!!?」
「チェル、今、助け……!!」
だが、僕らの行動よりも早く、氷鬼は、その腕を大きく振りかぶった。
「うがぁああああああああああああああああっ!!!」
最後の力を振り絞り、氷鬼はチェルの細い身体を、全力で投擲した。
本当に残る全ての力を振り絞ったのだろう。
渓流を挟み込む崖を超え、遥か彼方まで飛んでいくチェルを見届けるまもなく、氷鬼は、その場に倒れ伏せ、光となって散っていく。
だが、そんなことはどうでもいい。
「精霊憑依!!! うぉおおおおおおおっ!!!」
僕はアリエルと融合すると、遥か彼方へと投げ飛ばされたチェルを追って、全力で飛翔していた。
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