060.勇者パーティー、中ボスを倒す
「ふむ、こんなものですかね」
目の前で、雑魚モンスターとの戦闘を繰り広げる暁の翼の面々の姿を眺めながら、私は独り言ちた。
戦闘は圧倒的優位に進んでいる。
勇者リオンは、千変万化の剣の冴えで、岩石でできた魔人すら一瞬でバラバラにしてみせた。
大盗賊ヴェスパは、分厚い鎧を装備し、盾で敵の攻撃をいなしながら、次々と刺突によるカウンターでしとめていく。
魔術師メグは、広範囲に氷結魔法を放ち、瞬時に、マグマさえも凍り付かせる。
どれも、彼ら本来の力じゃない。これは、私の仲間達の力をコピーしたもの。
私の職業である呪術師は、相手の魂に干渉をすることができる。
その能力の1つが、魂の上書き。事前にコピーを取っておいた魂を他の人物に移植することで、コピー元の人間の能力をほぼそのまま使うことができるというものだ。
移植先となる肉体がどんなに劣っていようが、身体に無理をさせてでも、できる限り、コピー元の戦闘力を再現する。それがこの呪術の特性だ。
クーリエに、悪役のような能力と言われたのも、まあ、自覚している。
現在、勇者リオンには、元パーティーリーダーである剣聖ユリアの魂を、ヴェスパには守護騎士ジニアス、メグには大賢者メロキュアの魂を入れ込んでいる。
そのおかげで、暁の翼の3人は、普段とは比べ物にならないほどの実力を発揮できるようになっていた。
「腕は落ちてないみたいだねぇ」
「これでも、鍛錬は怠らなかったですからね」
3人に呪力を送り込みながら、思念で戦闘の指示を出す。
実力に加えて、この灼熱のダンジョンでは、自我がない、という部分がかなりプラスに作用している。
このダンジョンの中は、至るところに、熱いマグマが迸っている。
本来なら、そのマグマの近くにいれば、高温により体力を削り取られたり、あるいは、熱への恐怖で、行動が阻害されてしまうのだが、能力だけをコピーして、ただ黙々と戦い続けるこの面々には、そういった熱さへの恐怖や炎焼ダメージによる怯み、などが存在しない。
その結果、躊躇なく、マグマ付近まで飛び込み、炎焼ダメージを受けながらも、敵を駆逐するという力技ができていた。
多少の炎焼ダメージなど、大賢者の魔法ですぐに回復ができる。
恐怖を知らないこの3人こそが、最速攻略を可能にする肝であった。
「あなたは行かないのですか?」
「行く行く!! 暴れるぞぉ!!」
クーリエが、地を蹴ると、まるで、大砲のように魔物の群れへと突っ込んだ。
当時から、一番槍として活躍していた彼女の膂力にはいささかの衰えもないらしい。
いや、むしろ、時を経たことで一層力が増したかもしれない。
白狼族は、狩猟民族であり、普通の人間よりも、肉体的なピークが長い。
引退当時まだ、17歳だった彼女は、現在20代の半ばを少し超えたというところ。
むしろ、年齢的には、今の方が全盛期といっても差し支えなく、その動きのキレは、まさに獣のそれだった。
殴る、蹴る。殴る、蹴る。
攻撃方法こそ単純だが、彼女のそれは一発一発が、恐ろしいほどの威力を誇る。
ただの正拳突きで、硬い岩の肌を持つ魔人系モンスターの腹に風穴を開け、回し蹴りの風圧で、火炎コウモリたちが吹き付けてきた炎の息を吹き飛ばす。
そのまま風圧で体勢の崩れたコウモリたちを回転しながらの手刀で切り裂いていく。
およそ、体術という面で、彼女の右に出る冒険者は、おそらくいないだろう。
「よっとぉ! こんなもんかなぁ!!」
「さすがの動きです」
「まあねぇ!」
ただの体術にも関わらず、驚くほどの戦闘力を見せつける彼女。
さらに言えば、彼女にはスタミナ切れという概念すらほぼない。
なぜなら、体力を回復できる魔法を自前で会得しているからだ。
疲れては、自身で回復、疲れては、自身で回復を繰り返すことで、圧倒的な継戦能力を誇る。
その強みは、体力を削られやすいこの灼熱のダンジョンにあって、これもかなりの利点と言って良いだろう。
「出し惜しみはしないでくださいね。時間をかけていられませんので」
「わかってるよぉ!」
「進みましょう」
前衛を暁の翼の3人に任せ、それについていくようにして、私とクーリエが進む。
岩場を抜け、溶岩地帯へと差し掛かった時、それは現れた。
周囲を溶岩に囲まれた、円状の空間。地形的に、怪しいと踏んでいた私は、警戒していたのだが、やはり現れた。
このダンジョンには氷と炎、それぞれの道程に、中ボスが存在すると聞いていた。
氷のダンジョンの方にいるのは、氷鬼と呼ばれる屈強な肉体を持つオーガ系モンスター。
巨体が持つ圧倒的なタフネスと角を媒介とした氷の魔力でテクニカルな戦闘までもができる魔物だ。
そして、炎のダンジョンにいるのは、その対となるモンスター。
「炎鬼ですか」
赤茶けた剛健そうな肉体。そして、それぞれにマグマのエネルギーが凝縮された二本角。
「時間はかけていられません。さあ、行きなさい」
咆哮を上げる真っ赤な肌の鬼に向けて、剣聖の魂を入れられた勇者リオンが走り出す。
「私も行くよぉ!!」
そこにクーリエも並ぶ。漆黒の十字軍のツートップの再現だ。
その攻撃力に、いささかの不安もない。
やってくる2人の近接職に向けて、炎鬼が剛腕を振り下ろした。
地面を割る拳、角の魔力が迸り、その亀裂から、グツグツと煮えるマグマが噴き出す。
並の冒険者であれば、当たらずとも、炎の魔力の余波だけでもよろけてしまいそうな業火を縫うようにして、2人は飛び上がった。
さあ、このタイミングこそ、私の出番だ。
私にはもう1つ、呪術師として持っている能力がある。
呪術師の呪力は、相手の魂に直接影響を与えることができる。
だから、相手を操ったりといったことも可能だが、ボスクラスのモンスターともなると、そういったスキルへの耐性があり、成功することは稀だ。
しかし、操ることはできずとも、相手の魂に鎖をすることはできる。
握り込んだワンドへと呪力を込め、それを炎鬼に向けて、解き放った。
「ソウルダウン」
瞬間、炎鬼の肉体に、黒い靄がまとわりつく。
戦闘中の呪術師の役割、それは、相手にデバフをかけることだ。
パーティーメンバーの力を上げるバフに対して、デバフは敵対するモンスターの能力を低下させる行為だ。
やっていることは、極光の歌姫のあのノエルとかいう精霊術士の少女の逆になるだろう。
味方を強くするのではなく、相手を弱くする。
私は、炎鬼が持つ、強靭なタフネスと自己治癒能力という特性に蓋をした。
あとは、仲間達がどうとでもしてくれる。
「はぁあああああああああああっ!!」
クーリエの甲高い声が空間に響く。
炎鬼の攻撃で浮き上がった岩を蹴った勢いのままに繰り出したパンチは、その巨体の右肩を穿った。
そう、まさに穿った、だ。
私のバフによって防御力を低下させられた炎鬼は、クーリエにとっては、さながらサンドバックだ。
彼女が殴るたび、蹴るたびに、巨体にクレーターが刻まれていく。
「ぐがぁああああああああああああっ!!!?」
自分が過信している能力。それを奪われた相手と言うのは、脆いものだ。
為すすべなくボロボロにされた炎鬼の目の前に、ゆっくりと勇者リオン……いや、剣聖ユリアが歩き進めた。
剣をだらりと提げたまま、敵を目前に、ぴくりとも動かない。
剣聖ユリアが得意とした静の剣。
敵の前で、無防備をさらすようにさえ思えるその行為を前に、炎鬼が最後の力を込めて、炎を纏った拳を振り下ろす。
しかし、そんなものユリアにとっては、何の障害にもならない。
「さすがです。リーダー」
いつ斬ったのかさえわからない刹那の後、瘴気へと還っていく炎鬼の燐光を見ながら、私は攻略勝負の勝利を確信したのだった。
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