057.精霊術士、攻略勝負に挑む
「いきなり、かましてくれるわね。あの男……!」
それは、攻略勝負当日の朝だった。
決戦の舞台である氷炎の絶島へと向かう船の上、対決前の顔合わせをした僕は唖然としていた。
なぜか? それは、カングゥが引き連れてきたパーティーメンバーが、あまりにも予想の斜め上を行く存在だったからだ。
「リオン……」
潮風に黒衣をなびかせるカングゥ。
その隣に立っていたのは、あろうことか、暁の翼の勇者リオンだった。
いや、彼だけじゃない。同じく、その後ろには、ヴェスパとメグの姿も見える。
リオンの姿に気づいたエリゼがびくりと震えた。
反射的に、彼女を守るように、僕はカングゥの方へと一歩前に出る。
「あなたは、いったい……」
「ふふっ、ちょっと協力をお願いしたんですよ」
愉快そうに薄笑いを浮かべながら、カングゥは言う。
「本来の仲間を呼べない私は、現地でパーティーメンバーを募集するしかなかったものですから。勇者のいるパーティーにご協力いただけて、ありがたい限りです」
リオンもヴェスパもメグも、うつむいたまま、こちらに視線を向けようともしない。
明らかに様子がおかしい。
もしかしたら、事前に聞いていた"彼の能力"の影響下に、すでにあるのかもしれない。
「とんだ狸ね……」
「あなたの言う"エンターテインメント"ってやつですよ。この攻略勝負も、動画配信するんでしょう? だったら、極光の歌姫と因縁のある暁の翼との対決という構図は、きっと多くの人の関心を引くことになる。それは、あなたの望むところではないですか?」
「確かにね。でも、それが、私の仲間を不快にさせる行為だったなら、少しも嬉しくはないわ」
「ふふっ、それは残念です。こちらとしても、趣向を凝らしたんですが」
「まあいいわよ。本来のパーティーじゃないって言い訳もできるでしょうし」
「そうですね。まあ、これくらいの揺さぶりで、動揺するようなメンタルであれば、わざわざこちらが勝負を受ける必要もありませんしね」
お互い、牽制のような舌戦を繰り広げたかと思うと、チェルとカングゥは踵を返した。
「エリゼ、大丈夫?」
「あ、はい……正直、かなりびっくりしましたけど、大丈夫です」
「リオン達、こちらを一度も見ようとしなかった」
「以前とは雰囲気がまるで違う。すでに、彼の術中にあると見て、間違いはないだろう。エリゼ、彼らと直接、やり合うことになっても、ためらわずやれるか?」
「……はい、私は、もう極光の歌姫の聖女です。かつての仲間だろうと、決して手は抜きません」
右手を胸に、そう答えるエリゼ。
今回の勝負、2つのパーティーが直接剣を交えることはない。
冒険者同士の戦いは、基本的にギルドが御法度としている。
勝負は、あくまで、どちらが早く山頂までたどり着き、ボスを攻略できるかどうか。
できるだけ、圧倒的な大差をつけて、エリゼがリオン達と顔を合わせるまでもなく、勝利できるよう、僕は邁進するのみだ。
双方向型攻略ダンジョンである氷炎の絶島には、ボスフロアとして設定されている山頂までの攻略ルートとして、極寒のルートと灼熱のルートが存在する。
2つのルートのうち、僕達、極光の歌姫が攻略することになるのが、島の北側に位置する、極寒のルートだ。
先に、カングゥ達を船から降ろした僕達は、島の逆側へと周り、ダンジョンの入り口となる入り江へと降りた。
すでに周囲には、コンコンと静かに雪が降り積もっている。
「や、やっぱり寒いですね。外套を羽織ってきて正解でした」
「ってか、チェル、その恰好寒くない?」
仲間達が、比較的厚着をしている中、チェルも同様にジャケットを羽織っていた。
ただし、下半身は普段の格好のままだ。つまるところ、スカートと膝上まである靴下の間から生肌が見えている。
傍目に見てても寒そうだ。
「あんまり厚着すぎだと、映像映えしないじゃない」
「さすがのプロ根性ですね……」
「でも、ノエルを見てると、その方向性もありだと思ってきたわ」
チェルの指摘するのは僕の格好だ。
今回、僕は、普段の攻略用のロリータファッションではなく、もふもふのパーカーを羽織っていた。
浅くかぶったフードには、クマの耳のようなものが付いており、傍から見ると、少しぬいぐるみ感があるかもしれない。
ちなみに、手に持ったぬいエルも、ぬいぐるみ屋さんのご厚意で、僕とほぼほぼ同じパーカーを着せてもらっている。
「師匠、相変わらず可愛さが際立っています」
「ノエル、少し寒いのだが、抱きしめていいだろうか?」
「セシリア、あんたはマネージャーからもらった酒でも飲んでなさいな。温まるわよ」
「さすがの私も、攻略前に一杯やるのは憚られるな」
これから勝負だというのに、なんとも緊張感のないことだ。
しかし、みんなが和気藹々としている中でも、エリゼだけは、やはりどうにも浮かない顔だった。
大丈夫と、本人は言ったが、やはりそう簡単に、気持ちを切り替えることはできないのだろう。
「チェル、そろそろ」
「ええ」
おもむろに、魔力通信機を取り出すと、チェルは通話を開始した。相手はそう、カングゥだ。
「こちらは、スタート地点についたわ」
『待ちくたびれましたよ。さあ、さっさとはじめて、終わらせるとしましょう』
「ちゃんと魔動カメラのセッティングするのよ。スタートは、5分後。時間合わせ」
『3,2,1』
同時に、魔力式のカウントタイマーの秒針が動き出す。
さあ、あと5分したら、いよいよ攻略開始だ。
魔動カメラを宙へと投げたチェルを皮切りに、僕達は円陣を組む。
「私の夢を叶えるため、みんな、力を貸して!」
「私の、じゃないだろ。チェルと聖塔を攻略するのは、もう、みんなの夢だ」
4人が、強く頷き合う。
重ねた手の一番下、チェルの手にグッと力が籠った。
「私達はぁ~」
「かわいい!!」
「強い!!」
「輝くアイドル冒険者!!」
「氷炎の絶島の最奥を目指してぇ~!!」
「極光の歌姫、レディ……」
『ゴー!!!』
静かに降り積もる雪の中、私達は、高々と声を上げた。
本日、攻略勝負の最後まで、連続投稿する予定です。この機会に、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますととても励みになります。宜しくお願いします。




