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056.勇者パーティー、メンバーを募集する

「なんでだよっ!! てめぇら!! ちょっと前までは、みんな、羨ましい! お前のパーティーに入りてぇ! って、言ってただろうが!!」


 お兄ちゃんの怒号がギルドの休憩室に響いた。

 もう夜に差し掛かろうという時間。

 ダンジョン攻略やクエストから帰ってきた冒険者達に、私とお兄ちゃんは声をかけて回っていた。

 Sランクパーティー、暁の翼(ウィングオブドーン)に入らないか、と。

 最初は、掲示板に募集を貼るだけだった。

 2名の追加メンバーを募集する旨を書いて、掲示したけど、1週間経っても、2週間経っても、誰もベースまでやってくることはなかった。

 募集の条件も、どんどん緩くしていったけれど、それでも、誰も来てくれない。

 だから、こうやって、直接、声をかけて回り始めたのが、今朝のこと。

 それから、みんなが帰ってくるまで、レベルや職業を問わず、たくさんの冒険者達に声をかけた。

 だけど……。


「あのなぁ、そのちょっと前までならともかく、"今の"暁の翼に入りたいなんて奴、誰もいねぇよ。ヴェスパ」


 冷たくそう告げるのは、以前は、一緒によくお兄ちゃんと酒を飲んでいた狩人の男だった。

 レベルは私達と同じくらいで、腕はまあまあだと聞いている。確か最近Aランクに昇格したとか。

 彼の台詞そのものが、今の"暁の翼"の現状だった。

 ほんの3か月ほど前まで、私達は街の冒険者達の顔だった。

 放送局からもよく取材をされていたし、少し街を歩けば、一般の人からも声をかけられることがしばしばだった。

 有名人だったといってもいい。

 けれど、今は、それが、まるで夢だったかのように、誰も、私達に興味を示さない。

 いや、むしろ、疎ましくさえ思われているかもしれなかった。


「お前達は、あの聖女様と戦乙女に見切りをつけられたんだ。勇者リオンもずっと顔を見せない。何かあると思うのは当たり前だろ。その上、聖女様から、あの精霊術士を不当に追い出した件は聞いてる。必死に探してたからな、彼女。長年連れ添った仲間を、そんな風に切り捨てる奴らがいるパーティーなんて、いくらSランクでも、信用できるもんかよ」

「ち、違う……!! ノルの奴は、勝手に出て行っただけだし、聖女様だって……!!」

「とにかく、ダンジョンから帰ってきたばかりで、みんな疲れてんだよ。てめぇの軽薄そうな面なんて、見てる気分じゃねぇんだ。じゃあな」


 肩を押すようにして、お兄ちゃんの横を通り過ぎていく狩人を筆頭に、次々と冒険者達が、ギルドを出て行こうと席を立った。

 お兄ちゃんの肩が、わなわなと震えているのがわかる。

 扉から出て行こうとする背に向けて、振り返ったお兄ちゃんは叫んだ。


「待てよ!! 待ってくれよ!! 確かに、聖女様も戦乙女も出て行った!! でもよ、このパーティーには、まだ、この大盗賊(マスターシーフ)のヴェスパ様がいるんだぞ!! 俺とパーティーが組めんだぞ!! それでも、お前らは……!!」

「あのなぁ、ヴェスパ」


 鬱陶しそうに振り返った狩人は言った。


「お前に何の価値があるんだよ。ただの勇者の腰巾着のお前によ」


 口調も表情も態度も、すべてが冷淡そのものだった。

 お兄ちゃんは、それきり、もう、何も言葉を返すことはなかった。




「なんでだよ……ちくしょう……俺達は、最強のSランクパーティー、暁の翼なんだぞ……」


 力なく、地面に座り込んだお兄ちゃんは、視線を落としながら、ぶつぶつとつぶやいている。

 そう、私達はSランクパーティー、暁の翼。

 でも、もう聖女エリゼはいない。加入するはずだった戦乙女セシリアもいない。

 そして、精霊術士のノルも、私達は、追い出してしまった。

 私もお兄ちゃんも、もう薄々、気づいていた。

 ノルがいたから、私達は、実力以上の力が出せていたのだということに。

 ノル……彼は、本当は何者だったんだろうか。

 3週間ほど前の、あの夜のことを思い出す。

 彼は、あのリオン様に勝ってしまった。

 遠目だったので、どうやって勝ったのかまではわかっていない。

 けれど、リオン様の持つ聖剣さえも砕き、彼は完勝した。

 彼は強かった。そして、恐ろしかった。

 リオン様への言伝(ことづて)を言い渡された時の、あの迫力は、未だに忘れることができない。

 私も魔術師のはしくれだ。彼の魔力が、どれほどの異常な領域にあるのか、はじめて感じ取ることができた。

 まさか、あれほどの力を持つ人が、こんなに近くにいたなんて、思いもしなかった。

 彼は、なぜ、その力を隠していたのだろう。なんのために?

 考えても答えは出ない。

 だた1つ、わかることは、彼もエリゼも、もう2度と暁の翼に帰ってくることはないということだけだ。

 そして、リオン様は、あの一件以降、ずっと部屋に引き籠っている。

 食事もろくに手を付けていない。

 ずっとずっと声をかけ続けたけれど、私の声は、あの人には届かない。

 もう、私達は、ダメなのかもしれない……。


「おい、メグ……!!」


 突然、立ち上がったお兄ちゃんが私の肩を掴んだ。


「お兄ちゃん……?」

「なあ、お前ももっと真剣に声をかけろよ。容姿だけは、そこそこなんだ。お前が、ちょっと媚を売れば、その辺の野郎なんて、すぐにうちに入りたいって言って来るはずだ……!!」

「何……言ってるの……?」


 そんな色仕掛けなんかで入る人材が、まともなわけないじゃん。

 もう、お兄ちゃん、なりふり構っていられないんだ……。


「ねえ、お兄ちゃん、もう、私達……」

「言うな!!」

「痛っ……!?」


 肩を力いっぱい掴まれ、思わず大きな声が出た。


「お兄ちゃん、痛い……痛いから……!」

「俺達は、まだ、やれる!! 聖塔だって、攻略してみせる!! そうだろ、俺達には、まだ大将が……勇者リオンがいるんだからよ!!」

「ほう、貴方のパーティーには勇者がいるのですか?」


 私のすぐ後ろから声がした。

 振り向くと、そこにいたのは、黒装束を身に纏った壮年の男だ。

 初めて見る顔だった。恰好からして、後衛職の冒険者だと思うけど、まったく気配を感じなかった。


「なんだ、あんた……?」

「私はカングゥと申します。元冒険者なのですが、事情があって、一緒にダンジョンを攻略してくれる同業者を探していましてね」

「元、だと……? レベルは?」


 お兄ちゃんが問いかけると、男は、口では答えずに、冒険者カードをこちらに向けて差し出した。

 そこに、表示されたレベルは68……驚くべき数字だった。

 高レベルになるほど、レベルアップに必要な経験値というのは、加速度的に増え続ける。

 Sランクパーティーの私達ですら40台後半。はっきり言って、68なんて数字は、嘘にしか思えない。

 だけど、女神様の力によって、偽造が不可能とされている冒険者カードにそう記載があるということは、この男は、本当にレベル68だということ。

 そして、その隣に書かれている、初めて見る職業(クラス)の名前。

 この人、いったい……。


「Sランクパーティー、暁の翼のヴェスパさん、メグさん。あなたたち、極光の歌姫に一泡吹かせたくはありませんか?」

「あ、あんた、私達の事を知ってて……」

「詳しく聞かせろよ。事と次第によっちゃ……俺はあんたに力を貸す」

「お兄ちゃん……」


 鋭く細められたお兄ちゃんの瞳には、私達を裏切ったエリゼやセシリアに対する強い憎しみが籠っていた。


「あなた方にとっては、再び名声を得るチャンスだと思いますよ。私の力で、あなたたちを優秀な冒険者に変えてあげましょう。そして、極光の歌姫を完膚なきまでに打倒するのです」


 男へのわずかな不信感が募る私とは対照的に、お兄ちゃんは、その言葉を聞いて、自分から、男へと手を差し出していた。

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