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053.精霊術士、アイドルの正体を知る

 チェルがぽつぽつと話し始めたのは、自分の来歴についてのことだった。

 彼女の本名はチェルシアナ=コーラル。コーラル男爵家の長女である。

 領地であるコーラル領は、王都から距離もある上、開墾の難しい荒れた土地ばかり。

 その上、チェルの両親であるコーラル男爵は、人が良すぎる性格らしく、自分たちより、領民を常に優先に考えているため、貴族とは思えないほどに、常に困窮していたらしい。


「不作が続いて、あてにしていた鉱山の開発計画も地滑りにより頓挫。領地経営がにっちもさっちも行かなくなった時だったわ。侯爵様との婚約の話が出たのは」


 以前から、その容姿の美しさゆえ、王都の貴族達の間でも、噂になっていたチェル。

 彼女が社交界デビューを果たした15の歳、侯爵様に見初められ、求婚されるという流れになったそうである。

 侯爵様は、その時、すでに40歳以上であり、チェルも結婚には拒絶反応を示したものの、どうしても、美しいチェルを手に入れたい侯爵様は、コーラル家への資金的、人材的援助を盾に、求婚を迫ったそうだ。


「お母様を失くしたお父様が、ずっと苦労してきているのを見てきた。下には弟達もいる。だから、私は、その申し出を受けたの」

「そ、そんな……」

「ただし、花嫁修業という名目で、2年間だけ猶予をもらうことができたわ。17歳の誕生日とともに、私は、侯爵様に嫁ぐ、そういう約束」


 なんとも重苦しい空気が事務所の中に漂う。

 チェルが貴族だったという点は、確かに驚くべきことかもしれない。

 けれど、それが霞んでしまうくらい、彼女が背負った婚約という十字架はあまりに重かった。


「君が、聖塔の攻略を1年以内と定めた理由は、そこにあったのだな」

「ええ。それが私が自由に使える時間の、ギリギリの期限」

「そんな……チェルは、結婚なんてしたくないんだろ?」

「もちろんよ。あんなデブ親父と結婚するのなんてまっぴらごめん」

「だったら、婚約なんて……」

「でもね。家族が苦しい思いをするのはもっと嫌。大好きなお父様や弟達が幸せに暮らせるなら、好きでもない奴と結婚するのも、我慢できるわ」

「チェル……」


 本人に、そう言われてしまっては、僕らには、何も言うことはできない。


「で、でも、本当にどうするんですか? 冒険者活動が認められないとなったら、極光の歌姫ディヴァインディーヴァは……」

「冒険者は絶対に辞めないわ。私が始めたことだもの。みんなに迷惑はかけられない」

「けど、実際、侯爵家に逆らったら、実家への援助が打ち切られてしまうんだろ?」

「ええ……」

「もう一度、冒険者を続けさせてもらえるように、あの人にお願いしてみる他ないんでしょうか……」


 聞いてもらえる可能性は低そうだ。

 誰もが心の中で、そう考えていた時、おもむろにセシリアさんが口を開いた。


「一つ、気になっていたのだが……」

「何、セシリア?」

「あの男、名を何というのだ?」


 あの男とは、使者としてやってきた黒衣を着た男性のことだろう。


「彼は、侯爵家に仕える護衛兼相談役のカングゥよ」

「護衛役か。確かに、立ち振る舞いが、冒険者のそれだった」

「さすがノル、よく見てるわね。少し特殊な職業(クラス)らしいけど、実力は本物。ま、名指しで侯爵家の護衛に抜擢されるくらいだしね。王都でも、彼本人はともかく、所属していたパーティーはかなり名を知られていたとか」

「ふむ、やはりか」


 セシリアさんは、合点がいったというように、ぽつりとつぶやく。


「名前を聞いて思い出したよ。彼は、確か、元Sランクパーティー"漆黒の十字軍ブラッククルセイダーズ"のメンバーだ」

「有名な方だったんですね」

「とはいえ、私が駆け出しの時には、もう引退していたから、有名だった、という方が正しいだろうが」

「でも、それがどうしたっていうんですか?」

「漆黒の十字軍の面々が引退を決意した理由、それが、白亜の聖塔の攻略失敗だったのだよ」

「えっ……?」

「彼らは聖塔の攻略記録ホルダーだったが、50階に到達したのを最後に、聖塔への攻略を断念したらしい。パーティー解散の理由は、メンバーの中に、回復不能の怪我を負った者がいただとか、様々な噂が当時まことしやかにささやかれていたが、全て憶測の域を出ない」

「そ、その理由というのはともかくとして、聖塔の攻略記録ホルダーだったなんて……」


 正直、驚いた。

 僕やエリゼが、1年ほど前に、挑戦した時の記録は、30階。

 僕らよりも20も上の階層まで攻略したという事実に、シンプルに、尊敬の念が湧いてくる。

 だが、純粋にそんなことを感じていた僕の横で、チェルが突然、にやりと微笑んだ。


「セシリア。その情報、状況を打開する切り札になるかもしれないわ!」

「チェル、何をしようっていうの?」

「やることは一つだわ」


 チェルは、バンッと机を叩くと、立ち上がりながらこう言った。


「あいつを、全力で煽る!!」

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