052.精霊術士と突然の来訪者
それは、次のダンジョン攻略に向けてのミーティングをしている時だった。
トントン、と事務所の扉を叩く音が聞こえ、みんなが一瞬黙り込む。
「だ、誰でしょうか……?」
コロモの疑問の声も当然だ。
僕らの生活場所にもなっているこの事務所は、基本、完全な非公表になっている。
スポンサーさんや雇い主との打ち合わせなんかは、外でやっているし、郵便物の受け取りも、マネージャーさんが事務所以外のところで直接管理している。
だから、この事務所の扉が叩かれる、なんてことは初めての経験だった。
「宗教の勧誘……とか?」
「女神様の作った聖塔のあるこの街で、それはないと思うけど」
「じゃあ、新聞ですかね?」
「可能性はなくはねぇが……とりあえず、お前ら、隠れてろ」
そんなわけで、僕達はキッチンの裏へと隠れる。
狭いキッチンに5人なので、なかなかぎゅうぎゅう詰めだ。
あ、ちょ、コロモ、そこ……ダメ。
と、僕らが慌てて隠れている間にも、マネージャーさんは一人立ち上がると、玄関を少しだけ開けた。
「誰だ?」
「失礼」
「あぁ……?」
ぼそりとつぶやくような言葉が聞こえた次の瞬間には、その男は、すでに事務所の中へと入って来ていた。
30歳前後くらいだろうか。
頭までを覆う漆黒のローブを纏い、悠然とした雰囲気で事務所内を見回す男……。
「何、いきなり入って来てんだ!! この野郎、さっさと出ていけ!!」
「ようやく見つけましたよ。チェルシアナお嬢様」
「なっ!? お前、まさか……!?」
力づくで追い出そうとしていたマネージャーさんの動きが止まる。
この男、今、なんて言った……?
チェルシアナ……チェルのことをそう呼んだのか……?
疑問に思ったのもつかの間、気づいた時には、一緒に隠れていたチェルが立ち上がり、男の前へと対峙していた。
「お、おい!! お嬢!!」
「はぁ……。まったく、もう少し、猶予があると思ってたんだけど」
「私も仕事ですのでね。もうお察しかと思いますが、用件だけお伝えしましょう」
そのひょうひょうとした顔に、どこか薄っぺらい笑みを浮かべると、男は言った。
「コーラル男爵令嬢、チェルシアナ=コーラル様。あなたに、冒険者としての活動を停止していただきたく思います」
その場の誰もが固唾を飲んで見守る中、男の少しだけかすれた声が朗々と響いた。
意味がわからなかった。
チェルが男爵家の令嬢? 冒険者活動の停止?
さっきまで平和にミーティングをしていたはずなのに、一人の男の乱入によって、理解が追い付かない事態に陥っている。
口を挟むこともできず、とりあえず、ということで、座ったソファの上、仲間達は皆、そわそわとしていた。
「冒険者活動の停止……か」
「仔細は先日の手紙でご承知の上でしょう。どうやらあなたは少しやりすぎたようです。極光の歌姫のリーダー、アイドル冒険者チェルシーの名は、今や、王都でもよく知られるようになりつつあります。決定的だったのは、勇者へのクラスチェンジを達成してしまったことですね。教会関係者からの情報もあって、それが流行には疎い侯爵様の耳にも入った、というわけです」
「はぁ……いつかは、とは思ってたけど」
チェルは、嘆くように息を吐き出すと、頭を掻いた。
「侯爵様はたいへんお怒りです。傷物にでもなったら、どうするのかと」
「優秀な回復術師がいるから大丈夫よ。それに私達は強い」
「どんな保険があろうと、危険な行為をしていることに変わりはありません」
「だとしてもよ。契約上は、まだ、私は自由の身のはずよ。どんなことをしようが、問題はないでしょう?」
「問題大ありです。自由とは言っても、それは、あなたが17歳の誕生日を無事に迎えられるという前提での話です。アイドル活動はともかくとして、今、あなたが行っている冒険者活動は、その前提を覆しかねない行為。到底、擁護できるものではございません」
「解釈の違いよ。とにかく、私には仲間がいる。みんなを置いて、私が冒険者を止めるなんてできないわ」
「そうですか……」
男はおもむろに立ち上がる。
「では、ご実家への支援を打ち切っても?」
「ちょ、待ちなさい!! だから、私はルールは破ってないって!! それこそ"契約"に反する行為だわ!!」
「しかしながら、チェルシアナ様が、今、行っている行為も、完全なグレーゾーンです。伯爵様の不興を買えば、どうなるかは、あなたもお判りでしょう?」
「それは……」
「ま、待ってくれ。旦那!」
立ち上がったのは、マネージャーさん。
「従者風情が、意見ですか?」
「主人の話し合いに割って入る失礼は承知の上だ。でも、頼む。お嬢は、目標に向けて、ひたすらに頑張ってる……。それこそ、短い期間をめいっぱい輝こうとしてやがるんだ!! だから……だから、頼む!! お嬢の最後の自由を奪わないでやってくれ!!」
「マネージャー……」
地面に這いつくばり、床にこすりつけるようにして頭を下げるマネージャーさん。
その姿をなんとも面白くなさなそうに眺めていた男が立ちあがった。
「まあ、すぐにとは申しません。私も個人としては、あなた達の聖塔攻略には、多少興味をそそられますので」
「そ、それじゃあ……!」
「勘違いなさらぬよう。だからといって、活動を認めるというわけではありません。1日だけ猶予をあげましょう。明日までに、今後の立ち振る舞いをどうするか、きちんと考えておいて下さい。返答次第によっては、契約の履行を早める可能性があることもお忘れなく」
「…………わかったわ」
それだけ言い残すと、男は、来た時と同じように、ゆらりと事務所から出て行った。
「ごめんね。みんな、いきなり変な話を聞かせちゃって」
「あ、いや、その……なんというか」
「みんなにもきちんと話しておかないといけないわね。聞いてくれる?」
弱々し気な声で言うチェルに、仲間達はみな、真剣な表情で頷いた。
「ありがとう。じゃあ……」
一度大きく、息を吸うと、チェルはゆっくりと口を開いた。
「私の本名は、チェルシアナ=コーラル。男爵家の娘で、侯爵様と……結婚の契約を結んでるの」
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