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047.精霊術士と仲間の葛藤

 初の上級ダンジョンの攻略を見事にこなし、街へと戻る道すがら、僕はあることを考えていた。

 それは、チェルが使った魔法剣に関することである。

 以前にも少し話したように、魔法剣を使える職業(クラス)というのは限られている。

 その中でも、主な2つが魔法剣士と勇者だ。

 魔法剣士は、その名の通り、魔法も剣も使える剣士であり、チェルがやってみせたように、魔法による様々な効果を上乗せした剣技を振るうのが戦闘の基本スタイルだ。

 そして、勇者にもそれと同様の力がある。もっとも、勇者のそれは、より高度なものであり、使える魔法の強力さもあって、魔法剣士よりもその攻撃性能は高い。

 あのリオンも、赤雷を剣にまとわせる赤雷剣という技を切り札にしていた。もっとも、雷を剣に纏わせるのはリスクが高く、暴発の危険性もあるため、あまり多用はしていなかったが。


「ねえ、チェル。コロモのファイヤーボールを使った魔法剣、あれって……」

「ふふっ、驚いたでしょう? 実は少し前から、コロモと練習していてね。あそこまで上手くいったのは初めてだったけど」

「いや、驚いたなんてもんじゃないよ……」


 実際、剣士の段階で、魔法剣を使ったなんて話、聞いた事がない。

 普通は、魔法剣士や勇者にクラスチェンジしなければ、使えないはずなのだから。


「ノル。もしかして、チェルさんは……」

「ああ、すでに、クラスチェンジができるだけの実力を身に着けているのかも」


 可能性があるとすれば、それしかなかった。

 クラスチェンジとは、現在の職業(クラス)からより高度な職業(クラス)への云わば、転職である。

 冒険者の中には、ある程度の段階で、その眠れる才能を開花させ、クラスチェンジを達成する者が一定数いる。

 僕自身は、クラスチェンジを体験したことはないが、実は、リオンやエリゼも、元は凡庸な職業(クラス)からクラスチェンジにより、勇者や聖女というレア職業を獲得した経緯がある。

 だからこそ、エリゼは、体感的に、チェルもクラスチェンジが可能なのではないかと感じたようである。

 チェルは今回の攻略で、レベルを24まで上げた。

 このレベル帯でクラスチェンジできるとすれば……。


「魔法剣士か」


 元々、チェルは、剣士でありながら、多くの人には見えない、アリエルを目視できるという稀有な才能があった。

 つまり、それは魔術的な才能にも長けているいうことに他ならず、魔法剣士として覚醒するのも道理と言えた。


「試してみる価値は、十分にあるのではないか?」


 そう言うのは、セシリアさん。

 彼女も、チェルのクラスチェンジには肯定的なようだ。

 ちなみに、彼女の戦乙女(ヴァルキリアス)という職業(クラス)は、世界でも唯一無二のEX職業(エクストラクラス)とでも言うべきようなもので、おそらく僕の精霊術士と同じく、クラスチェンジを経ずに、獲得されたものだ。


「ふーん、私、魔法剣士になれるかもしれないのね。いいわ。じゃあ、そのクラスチェンジってやつ、やってみましょう」


 当のチェルも乗り気だ。


「ギルドに行けばよいのかしら?」

「いえ、クラスチェンジが行われるのは、教会です」


 冒険者の持つ職業(クラス)というものは、概念的に、女神様から付与されるものだ。

 初期職業については、冒険者登録の際、自動的に付与されるが、クラスチェンジに関しては、教会で神託を受けるという形で、授けられることになる。

 だからこそ、エリゼが、世界的にもほとんど存在しない"聖女"のクラスを得た時は、多くの聖職者がざわめいたものだった。


「チェル、一応言っておくと、クラスチェンジは、自分が望むクラスになれるわけじゃないんだ。僕らは、おそらく魔法剣士だと当たりをつけているけど、必ずしもそうだとは限らない。もしかしたら、まったく別のクラスになる可能性だってある」

「でも、剣士よりも、高度な技能を得られるのは間違いないのよね?」

「うん、クラスチェンジによって、弱くなったという話は聞いたことがないから、その辺りは大丈夫だと思う」

「だったら、やるわ。聖塔を攻略するにしても、ただの剣士のままじゃ、ちょっと華がないと思っていたのよね」


 彼女的には、そういう視聴者アピールの方が重要だったようだ。

 まあ、確かに、魔法剣士の魔力を纏った剣術というのは、映像水晶映えするし、なにより、派手好きのチェルにはぴったりだと言える。


「クラスチェンジの儀を行うなら、私が教区長様に口利きをしておきます。早ければ、今週中には、許可が得られるかと」


 エリゼは、聖女という職業(クラス)ゆえ、聖職者からの覚えもよく、式典など招聘されることも多い。

 彼女に任せておけば、手続きに関しても大丈夫だろう。


「あ、あのぅ……」


 幌馬車の一番後ろに座っていたコロモが、恐る恐るといった様子で手を挙げた。


「どうしたの、コロモ?」

「し、師匠、私も、クラスチェンジに……ちょ、挑戦して、みたいです」


 後半になるにつれ、少し声が小さくはなったが、彼女は確かにそう言った。

 

「コロモが?」

「あ、あの、私……やっぱり、もっといろいろな魔法が使ってみたいんです」


 胸の奥に秘めていたものを解き放つように、彼女はとうとうと語り出した。


「師匠のおかげで、自分の魔法に自信が持てて、本当に感謝しています。チェルシーさんにも、こんな私を拾ってもらえて、感謝してもしきれません。でも、だからこそ、もっとこのパーティーにふさわしい冒険者に私はなりたいんです」

「コロモは十分に役に立ってくれてるよ」

「師匠……いつも師匠は、そうやって私のことを褒めて下さいますね。でも、今回の攻略でも、もし、私が雷の魔法を使えていたら、もっと簡単にボスを攻略できたと思うんです」

「コロモ、それは……」


 パーティーというものに、完全などというものはあり得ない。

 もっと前衛の火力が高ければ、敵の弱点の属性魔法が使えれば、探索も戦闘も得意な人材がいれば……冒険者は、常にない物ねだりなのだ。

 攻略に際して、必要となるすべての能力を、たった5人のメンバーで補うことなど不可能。必ず足りない部分は出て来る。

 だから、冒険者は、自分たちの能力でできることをしっかりと把握して、挑戦するダンジョンを慎重に吟味する。

 事実、これまでも、チェルを中心に、僕達は、僕達が攻略するに適したダンジョンに挑戦してきたのだ。

 今回だって、雷の魔法がなくても、セシリアさんの攻撃力があれば、突破できると踏んで、このダンジョンへの挑戦を決めた。

 自身が、炎の魔法しか使えないことを、まったく引け目に感じる必要などないのだ。


「ファイヤーボールしか使えない私は、いずれ、もっと皆さんの足を引っ張ってしまうことになります。だから、お願いです、師匠。私にも……クラスチェンジのチャンスを下さい」


 みんなの前で、必死に頭を下げるコロモ。

 そんな彼女の頭を僕は、優しく撫でた。


「あっ……」

「コロモ、頭を上げて」


 ゆっくりと視線を上げたコロモと目が合う。

 いつも、真剣で真っすぐな瞳の彼女。

 だからこそ、思い悩んでいたんだろう。

 自分が、パーティーのお荷物になるかもしれないという未来に、恐怖すら感じていたのかもしれない。

 思えば、僕にもそんな時期があった。

 仲間達が続々とクラスチェンジを果たしていく中で、精霊術士である僕は、取り残された気持ちだった。

 いつか、自分がこのパーティーに必要なくなってしまうのではないか、その恐怖に震えた夜さえあった。

 実際、僕は、役立たずの烙印を押される立場になってしまったけれど、コロモは別だ。

 彼女には、絶対にそんな思いをしてほしくない。

 それは師匠としての、僕の親心とでもいうべきものだった。


「君が望むなら、クラスチェンジをしたらいいと思う」

「師匠……」

「ただ、君のレベルはまだ低い。必ずしも、クラスチェンジが成功するとは言えない。それに、クラスチェンジできたからといって、君がファイヤーボール以外の魔法を使えるようになるという保証もない。それをわかった上でだったら、僕は、君のチャレンジに全面的に同意するよ」

「はい、師匠。たとえ、クラスチェンジできなかったとしても、後悔はしません」


 真摯な瞳でそう言ってのける彼女の若々しい眩しさが、少しだけ羨ましく感じる。


「それと、もう一つだけ。たとえ、今のままのコロモであったとしても、君は僕らにとって、もうなくてはならない存在なんだ。だから、絶対に自分を責めることだけはしないで欲しい。僕らはみんな、君の事が大好きだってこと、忘れないで」


 僕がそう言うと、チェルもエリゼもセシリアさんも強く強く頷いた。

 そんな仲間達の様子を見て、コロモの瞳がみるみるうるんでいく。


「皆さん……」

「ほら、こんなところで泣いてる場合じゃないわよ、コロモ。どうせなら、2人してすっごい職業(クラス)になっちゃいましょう」

「はい、はい……!!」


 おどけたように言うチェルの言葉を聞いて、コロモは、涙を拭きながらも、花のように柔らかく微笑んだのだった。

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