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045.精霊術士と"堅牢"のボス

 堅牢の魔窟には、硬い岩盤が道を塞ぐ場所が何か所が存在する。

 一応、岩盤があるルートを避けて、ボスフロアに至るルートもあるのだが、そこを辿るとなると、かなり大回りになってしまう。

 そんなわけで、宝箱のある道以外は、最短距離を進むというチェルの判断もあり、岩盤があるルートでも、お構いなしに僕達は進んでいた。

 いや、だって……。


「はぁぁっ!!」


 僕が、セシリアさんに全力のバフをかけると、彼女は、身体を回転させながら、強烈な突きを岩盤へと放つ。

 すると、まるでドリルで穿孔したかのように、岩盤の中に、トンネルが完成した。

 無駄な破壊をしないスマートな"ただの突き"。

 うん、やっぱりこの人、規格外だ。


「ふぅ、やはり君のバフの効果は絶大だな」

「いやいや……」


 ほとんどあなたの実力みたいなものだと思いますが……。


「とりあえず、おそらくこれで最後の岩盤ですね」

「ええ、ほら、もう、あの先がボスフロアみたいよ」


 穴の向こうには、大きく開いたホールのような地形が見える。あの広がり方は、ボスフロアの特徴だ。


「さて、ここのボスだけど」

「ダンジョンの名前に違わず、圧倒的な防御力を誇るんでしたよね」


 コロモが、ごくりと唾を飲み込む。


「恐れる必要はない。どんな敵だろうと、私の槍が穿ってみせよう」

「さすが、セシリアさんは頼りになりますね」

「うん、僕も全力でサポートするから、みんな、頑張ろう」

「ええ!」「はい!」「ああ!」「うん!」


 全員で声を上げると、一斉にボスフロアへと侵入する。

 すると、フロアの中央に瘴気が集まっていく。

 現れたのは、まるで水晶のような角錐で構成された人型の何かだった。

 青白く光る関節の両端に、鈍色の鋼のような装甲がまとわりついている。

 確か、遥か東の地に存在するという、想像上の魔人、"ロボット"にそっくりの見た目だった。

 その名も、超合金ダイキャスター。

 圧倒的な防御性能を誇る、鉄の城とも言えるボスモンスターだ。

 また、その多彩な攻撃方法も侮れない。


「来るわよ!」

「牽制します!!」


 コロモが高速詠唱で、ファイヤーボールを連射する。

 杖の属性魔力向上効果もあってか、以前よりも、一回りほど大きな火炎弾が、ダイキャスターへと直撃する。

 しかし、ダイキャスターはその炎をものともせず、その場に立ち尽くしている。


「ああ、せっかくパワーアップしたのに……!!」

「やはり、事前の情報通り、魔法による攻撃は効果が薄いようですね」


 エリゼの確認するような言葉に、僕も同意を示す。

 もっとも、魔法の中でも、唯一、雷属性の魔法だけは、効果があるらしいが、このパーティーに雷系の魔法を使える者はいない。

 したがって、効果がありそうな手段は……。


「セシリアさん!!」

「任された!!」


 全力のバフをセシリアさんにかけると、彼女は、全力でダイキャスターへと走る。

 彼女の攻撃力なら、ダイキャスターの装甲すら貫ける可能性は高い。

 だが、敵も当然、そのまま見ているだけなわけはなく、両の手をセシリアさんに向かって、突き出した。

 直後、爆音と共に、両の腕がまるで、大砲の弾のようにはじき出された。


「何っ!?」


 鉄の装甲が施された重そうな腕が、真っ向からセシリアさんを捉える。

 とっさに槍で防御する彼女だが、そのまま、飛び出した腕の勢いの押されるようにして、押し戻され、体勢を崩された。


「くっ……油断したか!」

「こっちに任せなさい!!」


 と、その瞬間、チェルがダイキャスターに向かって走っていた。

 肘から先を飛ばした奴は、まさに、死に体の状態だ。

 その隙を見計らって、攻勢に出たチェルに、僕も全力でバフをかける。

 素早さを大きく向上させたチェルは、奴の懐まで見事飛び込んだ。

 そのまま半ばから腕を失くした敵を斬り上げるように剣を振るう。

 だが、その瞬間だった。


「チェル、退いて!!」

「えっ!?」


 奴の、胸についている赤い装甲板が赤熱した。

 魔力が収束する気配、同時に、僕は全力で、チェルとダイキャスターの前に風の膜を張る。

 同時に、ダイキャスターの胸から、炎の魔力を凝縮した熱線が放たれ、チェルを撃ち抜いた。


「うあぁあっ!?」

「チェル!!」


 できる限り、アリエルでの防御を試みたものの、至近距離すぎて、完全には攻撃力を削ぎ切れなかった。

 チェル自身も、身を捻るようにして、後方にジャンプしたものの、避けきれず、左腕を熱線に焼かれる形となる。


「う、うう……」


 重度のやけどを負い、地面に蹲るチェル。

 彼女にとって、ここまで大きなダメージを受けるのは、はじめての経験だろう。

 以前までの僕らなら、主力であるチェルが戦闘不能に陥った段階で、攻略を断念せねばならなかった。

 だが、今は、いくらダメージを受けても、必ず助けてくれる仲間がいる。


「エリゼ!」

「チェルシーさん、今、治療します!!」

「私が盾になろう! 今度は油断しない!!」


 セシリアさんが、再び腕を生やしたダイキャスターと鍔迫り合いの状態になった。

 コロモは、最大火力のファイヤーボールを放とうと、魔力を練り始める。 

 チェルと守るように風の防壁を張った中で、エリゼが、回復呪文を唱えた。

 赤く腫れあがっていた二の腕が、みるみる元の美しく白い肌へと戻っていく。


「ありがとう、エリゼ」

「まだ、戦えますか? チェルさん」

「もちろんよ」


 駆け出しの冒険者の中には、初めて大きなダメージを負った直後は、委縮してしまう者も少なくない。

 だが、チェルに限ってはそんな心配はなさそうだ。

 ギラギラとにらみつけるような視線で、ボスの方へと駆け出そうとしている。


「チェル、今はダメだ! セシリアさんの邪魔になる!」

「くっ……わかってるわ……!」


 セシリアさんはダイキャスターとほぼほぼ互角の戦いを繰り広げていた。

 僕やエリゼからのバフを受けているとはいえ、ボス相手に、一人であそこまで立ち回れるのはさすがというほかない。

 その激しい攻防の中、レベルが30も劣るチェルが加勢に入ったところで、邪魔になってしまうのは目に見えていた。

 力不足とは言わない。正直、同レベル帯の中であれば、チェルの力は最上位に位置するだろし、判断力やとっさの機転も申し分ない。

 ただ、比較対象であるセシリアさんが強すぎるのだ。

 今回ばかりは、チェル個人の撮れ高には目をつぶってもらって、このままセシリアさんに押し切ってもらう方が……。


「師匠! 魔力が練れました!!」


 と、コロモが呪文の完成を宣言する。


「セシリアさん!!」

「ああ!!」


 接近戦をしていたセシリアさんが、大きく後方へと飛びずさる。

 すると、コロモが間髪入れずに、極大のファイヤーボールをボスに向かって投擲した。

 道中で手に入れたあの特定の魔力を増幅させる杖のおかげで、その火球はさながら太陽の如く、ギラギラと燃え上がっている。

 アリエルの力も使って、その業火は、ダイキャスターへと完璧なタイミングで直撃した。

 地面さえも溶かすような激しい炎の奔流。

 それが、過ぎ去ると、そこには黒く焼け焦げたダイキャスターが立っていた。


「やったか……?」

「いや、まだだ!!」


 わずかに、全身を軋ませながらも、ダイキャスターはギリギリとこちらへ顔を向ける。

 せっかく火力アップしたコロモのファイヤーボールだったが、こいつの魔法耐性の前では、あと一歩というところだったか。

 さすが、"堅牢"の名を持つダンジョンのボスといったところか。これまでの攻略法で、倒されてくれるほど、甘くはないらしい。

 ダイキャスターは再び両の腕をこちらへと向けると、轟音を響かせながら、発射した。


「2度と、その手は食わん!」


 セシリアさんが、その飛ぶ拳骨を槍で弾き飛ばす。

 しかし、魔力でパスが繋がっているのか、その拳はまるで、遠隔操作されるかのうように、何度も、セシリアさんに襲い掛かる。

 さすがのセシリアさんも、時間差でやってくる二つの拳への対応で、すぐには、ダイキャスターの方へ駆けつけられない。


「私がやる!!」

「チェル!?」


 そんな中、チェルが駆け出した。

 慌ててバフを付与する僕だが、コロモの最大火力でも倒しきれなかった相手だ。

 剣士としては、スピード型で、攻撃力はさほどでもないチェルでは、とても、ダメージは与え切れない。

 下手をすると、さっきの二の舞になるだけだ。

 どんな攻撃が来ても、サポートができるよう僕も一層集中して、チェルの一撃を見守る。

 ダイキャスターの方は、またぞろやってきたチェルに、熱線を食らわせようと、魔力を集中し出した。

 赤く輝く熱線が放たれようとしたその瞬間、チェルはスライディングするようにして、奴の股の下を潜り抜けた。

 そして、無防備な背中に向かって、振り向きざまに斬りつける。

 上手い。さすがに普段からダンスで鍛えている身のこなしだ。

 だが、しかし……。


「くっ、硬い……!!」


 やはり、チェルの攻撃力では、奴の装甲を貫くのは不可能。

 攻略中の宝箱で、多少、力が上がったとはいえ、その程度では焼け石に水だ。

 いったんわずかに距離を取ったチェルとダイキャスターがにらみ合う。


「コロモ!!」


 先に動いたのは、チェルだった。

 腰だめに剣を構え、ダイキャスターに向かって疾走する。

 その上で、彼女は、なぜかコロモの名前を呼んだ。

 コロモは、ハッとすると、ダイキャスターの背中に向かって、ファイヤーボールを放つ。

 先ほどの大火力のファイヤーボールとは違い、速射性に優れた無詠唱のファイヤーボール。

 乱射されたうちのいくつかのファイヤーボールが、ダイキャスターの背中へと当たった。

 爆音が響くが、それだけだ。奴の魔法耐性の高い装甲の前では、簡易式のファイヤーボールなど効果を為さない。

 その上、逸れた一つが、あろうことかチェルの方へと向かっていた。 

 コロモにしては、あるまじきミス。

 慌てて、僕は、アリエルでその軌道を変えようと……。


「チェル……?」


 いや、違う。

 このファイヤーボールは意図したものだ。

 その証拠に、チェルはあえて、そのファイヤーボールを避けようとせず、真正面から剣の腹に受けた。

 瞬間、剣が燃え上がる……いや、刀身だけが広がるように熱を帯び、魔力の輝きを放つ。

 あれはそう……。


「魔法剣"業火"」


 ファイヤーボールの魔力を纏った剣をチェルは大上段に振りかぶった。

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