038.勇者パーティー、聖女の脱退を知る
「た、大将! たいへんだ!!」
ガンガンと扉を叩く音がする。
この声は、ヴェスパだ。
ここ数日ほど、姿を見せなかったあの男が、なぜか、慌てた様子で、部屋の扉を叩いている。
小さく、妹のメグの声も聞こえる。
兄妹揃って、一体何だというんだ。
そのまま無視しようかと思ったが、その次の言葉を聞いて、俺は扉を開かざるを得なくなった。
「聖女様が、たいへんなんだ……!!」
「なん……だと……?」
聖女の名が出た瞬間、俺は、乱暴に扉を蹴り飛ばしていた。
向こう側にいたヴェスパとメグが床に倒れ伏す。
だが、彼らも必死なのか、そんなことはおかまいなしにわめきたてる。
「大将!! 見てくれよ!!」
差し出された映像水晶、そこには、なにやらステージのようなものが映し出されていた。
いや、場所など、どうでもいい。
その中央に立っているのは、間違いなく、エリゼとあの戦乙女だ。
2人は、大きく肩口の開いた、ひらひらとした純白の衣装を身に纏い、満足げな顔で周囲へ手を振っていた。
そのすぐ後ろには、さらに3人の女が立っている。
ピンク色の髪の派手な見た目の女に、養成学校の学生服を着た女、そして、ぬいぐるみを持ったまるで童女のような女だ。
「なんだ。これは……」
「極光の歌姫だ。最近、出てきた冒険者もやってるっていうアイドルだよぉ!!」
「アイドル……だと……」
確か、放送局の人間から聞いたことがある。
最近、アイドルがやるライブというものの視聴率が、攻略動画に匹敵するほどに上がってきているのだと。
だが、しかし、なぜ、エリゼがそんな奴らと一緒にいる?
まさか……。
『極光の歌姫に新しく加わった仲間に、盛大な拍手を!!』
ピンク髪の女の声に、会場中がにわかに沸き立つ。
新しい仲間だと……。
一瞬、脳が理解を拒んだ。
それくらい、自分にとっては、意味不明な出来事だった。
だが、どう考えても、そうとしか判断できない。
エリゼが、このアイドルとやらのパーティーに入るのだと。
「エリゼ……!!」
気づくと、俺は壁を力いっぱい殴りつけていた。
拳から血が滴る。
だが、そんなことも気にならないくらい、俺は厳然たる事実に震えていた。
エリゼは……俺を裏切ったのだ。
「というわけで、これからは、正式にこの5人で極光の歌姫よ」
事務所へと帰ってきた僕達は、マネージャーさんを含めた6人で、改めての顔合わせをしていた。
「エリゼさん、セシリアさん、宜しくお願いします!!」
コロモが丁寧に、2人に対して腰を折る。
彼女の目はキラキラと輝いていた。
そりゃあ、そうだろう。
聖女エリゼと戦乙女セシリアといえば、若年女性冒険者の中でも、実力者として有名な2人だ。
養成学校出の彼女にとっては、まさに、憧れの存在といってもよいだろう。
笑顔で握手を交わす彼女達を見ていると、なんだか感慨深いものがあふれてくる。
「とりあえず、事務所の空き部屋を用意してるから、そこを使ってもらって構わないわ。今後の活動計画については、明日、ミーティングをしましょう」
あくまで、事務的なチェルだが、内心は、これ以上ないくらい有能な2人をゲットできて、ホクホクといったところだろう。
その上、ライブも大盛況で、言うことなし。
今も、よく見ると、なんだか口角の端がつり上がってる。
「ありがたい。宿暮らしもそろそろ飽き飽きしていたのでな」
「今日は早く休むといいわ。ライブで疲れたでしょうし」
口調はそっけなくとも、2人の頑張りは認めているのか、妙に優しいチェル。
彼女のそういうところ、嫌いじゃない。
「あ、あの……ノル」
と、エリゼが、僕の元へとやってきた。
「ん、どうしたの?」
「その……。これから、ベースに行こうと思っていて」
「あっ……」
どうやら、彼女は、暁の翼へ、明確に決別の意思を伝えに行くようだ。
僕のように、向こうからクビにされた立場と言うわけではなく、彼女は自分から出てきた。
事後報告にはなってしまうが、パーティーメンバー、とりわけリオンには、きちんとその意思を伝えておきたいんだろう。
「僕もついて行こうか?」
「ううん、私一人で行く」
確かに、その方が良いかもしれない。
もし、僕とエリゼが一緒にベースに戻ったら、彼は、僕がエリゼを他のパーティーに引き抜いた、なんて勘違いするかもしれない。
「わかった。でも、途中まではついていくよ」
「うん。ありがとう」
こうして、僕とエリゼは、懐かしい、暁の翼のベースへと向かうことになったのだった。
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