036.精霊術士、秘策を思いつく
かくして、セシリアとエリゼの本格的なダンス練習がスタートした。
基本的な体幹トレーニングからスタートし、基礎ステップ、そして、振付の確認を一連の流れとして行っていく。
1日の終わりには、通し練習として、1曲丸々踊り切ることを繰り返す。
「はぁ、はぁ……」
「エリゼ、頑張って!」
「う、うん……!」
チェル仕込みの厳しいダンスレッスンにも、エリゼは必死でついてきた。
だが、お世辞にも、習得が早いとは言えない。
セシリアさんの方は、もう振付は完璧で、あとは完成度をどこまで上げられるかという段階まで来ていたが、エリゼは、基礎ステップがようやく様になってきたレベルだ。
ここしばらくは、僕はエリゼにつきっきりになっていた。
「よし、少し休憩しよう」
「は、はい……」
そう言った途端、地面へと崩れ落ちるエリゼ。
今まで、こういった運動の経験が少ない彼女にとって、このダンス漬けの生活は、相当きついことだろう。
倒れ伏す彼女に飲み物を渡し、アリエルの力で、赤くなった頬に涼しい風を送る。
「あ、ありがとう……ノル」
「ううん、エリゼは頑張ってるよ」
「でも……まだまだだよ」
悔しそうに自身の足を見つめるエリゼ。
きっと頭の中のイメージでは、もっと自在に動けているんだろう。
だから、思ったように動かない自分の身体を歯がゆく思っている節がある。
そもそも彼女は、安産型の体型というのだろうか。
お尻が大きく、普通に歩いているだけでも、どこか、ぽてぽてとした印象がある。
異性から見ると、魅力的かもしれないが、自分が動くとなれば話は別だった。
「でも、ノル、こんなに付き合ってもらって、本当にいいの?」
「いいんだ。だって、僕、エリゼとまた、パーティーを組みたいしさ」
「ノル……」
エリゼは、なんだか少しうるんだ瞳で僕の方を見つめていた。
綺麗な瞳だなぁ、なんて思いながら、その瞳を見つめ返していたら、セシリアさんがやってくる。
「なんだ。もしかして、良いところだったか?」
「セ、セシリアさん……!!」
エリゼが焦ったように、大きな声を出した。
「ふふっ、冗談だ。だが、そうしていると、恋人というよりは、姉妹だな。エリゼが姉で、ノルが妹だ」
「い、妹って……」
まさかの下の方。いや、身長低いのは認めますけどね。
そもそも、僕、ダンスの練習に付き合っている時は、常に男の格好なんだけどな……。
まさか、セシリアさん、未だに僕が女だと思ってるってことはないよな……。
「とにかくあと3日だ。そろそろ、また、2人で、ダンスを合わせたい」
「そうですね」
「わ、わかりました!」
エリゼがグッと、膝に力を入れて立ち上がる。
そうして、練習が再開した。
「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン・エイト。ワン・ツー……」
僕のカウントに合わせて、2人が踊る。
さすがに、練習量だけあって、最初は、なかなかぴったりと揃っていた2人のダンスだったが、徐々に、エリゼの方が遅れだし、焦ったエリゼが大きく体勢を崩した。
「あっ……」
「危ない……!!」
前のめりにコケかけた彼女の身体を支えるように滑り込む。
ドシーンと音がして、僕はエリゼの下敷きになるように倒れ込んだ。
確かな重みを持った女性的な2つのふくらみが、僕の顔を圧迫してくる。
う、うん……なんとなく、身体がついてこない理由がわからないでもない。
「ご、ごめん、ノル!」
「だ、大丈夫……」
慌てて、飛び退くエリゼに、笑顔で返す。
「本当に、私、ドジで……」
「いや、たぶん、そうじゃないんだ」
今ので、確信した。
やっぱり、エリゼは、ダンスのイメージ自体は十分できている。
それに身体がついてこないだけなのだ。
だったら、身体がついて来るようにしてやればよい。
「エリゼ、一つ試してみたいことがあるんだ」
「試してみたいこと……?」
「うん、きっとこれなら、上手くいくと思う。もう一度、踊ってみてくれる?」
「う、うん!」
そうして、エリゼが再びダンスを開始する。
すると、やはりサビへと入る部分。全体の中でも、振りの挙動が大きくなる部分で、顕著に遅れ出した。
その瞬間、僕は、精霊語をぼそりとつぶやく。
「アー・セルゥラーチオーヌル」
暁の翼にいた頃、前衛を張るヴェスパに、常にかけ続けていた風の加護。
それを今、僕は、エリゼへとかけた。
風の加護は、疾風のような挙動を可能とさせるバフである。
盗賊としては落第点のヴェスパのスピードも、この加護を与えることで、トップクラスの実力へと至らしめることができた。
ヴェスパにかけていた時よりも、弱めの力で加護をかけることにより、エリゼの頭の中のダンスのイメージにちょうど追従するように身体の動きを加速させようという寸法だ。
「あ、あ、すごい……」
加護を与えた瞬間、エリゼの動きがにわかに変わった。
ステップはキレを増し、きちんとセシリアさんの動きにも合わせることができている。
課題だった振りの動きが大きくなるサビの入りもばっちりだ。
これならいける。
そのまま、最後まで見事に踊り切ったエリゼは、膝に手をつくと、荒い息を吐いた。
「はぁ、はぁ……ノル」
「凄いよ、エリゼ! 最後まで遅れなかった!」
「う、うん……」
これなら、本番だって、バッチリ成功できる。
精霊術なら、観客にも見えることはないし、一般の人には何もわからないはずだ。
「…………」
その時、僕は、エリゼがどこか、複雑そうな顔をしていることに、気づいてはいなかった。
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