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035.精霊術士、ダンスの先生をする

 さて、たいへんなことになってしまった。

 極光の歌姫のオーディションへとやってきた2人の冒険者、戦乙女セシリアと聖女エリゼ。

 この2人の加入を賭けた最終オーディションが、なんとミニライブでのユニットダンスの披露という形で行われることになった。

 練習期間は1週間。

 その期間内で、ダンスの素人である2人は、指定された曲を完璧に踊れるようにならなくてはならない。

 2人の加入の是非を問われるのは、会場にいる観客達だ。

 観客達の声援によって、2人が、今後、極光の歌姫のメンバーとして活動できるかが決まる。

 事前告知は一切なし。つまり、冒険者としての彼女らのファンが会場にいるわけでもない状況での披露となる。

 まったくもって、パーティーメンバー募集としては、ありえないような様相を呈してきた。

 ちなみに、他のオーディション参加者に関しては、すでに全員不合格という形になっている。

 当然と言えば当然だった。セシリアとエリゼは、現役冒険者の中でもトップクラスの実力と容姿を兼ね揃えた才女だ。こんな2人に並び立てるような人は、そうそういはしない。


「けれど、本当に大丈夫かな……」


 自身も日課となったダンスレッスンをしながら考える。

 セシリアさんもエリゼも、ダンスなんて、これまでやったことはないだろう。

 チェルが指定した曲のダンスは、それなりにアップテンポで、運動量も多い。

 複雑なステップなどはないにしても、最後まで丁寧に踊り切ろうと思えば、かなりの難度になるのは、同じくダンスを始めて、まだ日の浅い僕にもよくわかった。

 しかも、いきなりのステージでのダンス。僕なら、緊張で振りが飛んでしまう自信がある。


「ノル、そこ、逆!」

「あっ……!?」


 考え事をしていたせいで、手を出す方向が逆になってしまった。


「ごめん。チェル」

「注意力散漫ね」


 確かに、集中していなかったので、言い返す言葉もない。


「まったく……。仕方ないわね」


 チェルは、自身も動きを止めると、僕の方へとやってくる。


「気になるんでしょ。聖女様のこと」

「あ、えっと……うん」


 正直、今もエリゼがどうしているのか、気になって仕方がない。


「じゃあ、行ってきなさい」

「えっ……!?」


 まさかの言葉に、僕は思わずチェルの顔をマジマジと見つめる。


「極光の歌姫のノエルとしてじゃなくて、一介の精霊術士ノルとしてなら、彼女達の手助けをしてあげてもいいわ」

「チェ、チェル……」


 思わず、僕は彼女の手を取っていた。


「ありがとう!」


 ダンスで激しく運動した直後からか、彼女の頬が急激に赤く染まった。


「ま、まあ、合否は別にしろ。彼女達には、それなりのものを披露してもらわないと、私も恥を掻くからね」

「そ、そっか。じゃあ、行ってくる!」


 思いがけず、手助けを許してくれたチェルに感謝しつつ、僕は、事務所を飛び出したのだった。


「…………ふぅ、敵に塩を送るのは、最初で最後だからね」

「チェルシーさん、何か言いました?」

「何でもないわよ。コロモ。さあ、続きをやりましょう」




「えーと、確かこの辺りだっけ……」


 街のすぐ近くにある森の中。

 僕は、彼女達が練習場所として指定した森の中を探していた。

 落ち着いて練習ができる場所ということで、2人が考え出したのが、ここだった。

 一般人なら、魔物が出る可能性のある森の中での練習など、とんでもないが、高位の冒険者である2人なら別だ。

 というわけで、探しに来たのだが。


「あ、この音は……」


 音響水晶の鳴る音に導かれ、僕はフラフラと森の中を歩く。

 やがて、開けた場所に出ると、そこには、ラフな格好で、必死に身体を動かしているセシリアさんとエリゼの姿があった。

 流れる音楽と共に、ステップを踏む2人。

 セシリアさんはさすがだった。

 華麗な足さばきは、冒険者として培ったものか。

 重心も安定しており、派手さはないが、堅実に振付をこなす様は、さすがの一言だ。

 一方、エリゼは……。

 ぽてぽてした、どこかどんくさそうな動き。

 ステップにも切れはなく、それどころか、音楽のリズムともズレてしまっている。

 自分で遅れているのは自覚しているのか、なんとか追いつこうと、必死で足を動かすが、それで、かえってぐちゃぐちゃになってしまっているような状態だ。


「きゃっ!?」


 足がもつれ、芝生の地面へと倒れるエリゼ。

 僕は、慌てて彼女の元へと駆け寄った。


「大丈夫、エリゼ!」

「あ、ノル……」


 腕引っ張って立ち上がらせてあげると、エリゼは、膝についた草を払いながら、弱々しげに笑った。


「格好悪いところを見せちゃいました」

「いや、そんな……」


 とは言いつつも、実際、彼女のダンスは、お世辞にも上手いとはいいがたかった。

 うん、正直、下手な部類に入るだろう。

 そういえば、エリゼは昔から、運動神経がそれほど良くはなかった。

 子供の頃は、走り回ってはよく転んでいたし、鬼ごっこでも、最初に掴まるのは、決まってエリゼだった。

 冒険者になってからは、回復役という役回りゆえに、あまり、その運動能力の低さが露呈することはなかったのだが、こうやって、改めてダンスに四苦八苦している姿を見てしまうと……。


「よし……!」


 僕は、流れ続ける音楽に乗って、ステップを踏む。お手本だ。

 この曲は、僕も、チェルに何度も練習させられている曲だ。

 まだまだ完璧とは言いづらいが、それでも、練習し始めたばかりの2人よりは、遥かに上手く踊ることができる。

 最後まで踊り切った僕に、2人が、ぱちぱちと拍手をくれた。


「す、凄い、ノル。いつの間にこんな……」

「ふむ、さすがにアイドルパーティーの一員というわけだな」

「チェルに比べたら、まだまだですけど」


 とはいえ、褒められると嬉しいものだ。


「許可をもらったんだ。だから、僕もできるだけ2人の練習に付き合う」

「い、いいの?」

「うん。自分の練習や、次の攻略の準備もあるから、ずっと一緒ってわけにはいかないけど」

「あ、ありがとう。ノル」


 心から嬉しそうに、笑いかけてくるエリゼ。

 久しぶりに見たその笑顔は、心の清涼剤と言っても過言ではないくらい、僕の胸をホッとさせてくれる。


「よし、頑張る! こ、こんな感じよね。って、あっ!?」


 再び地面へと尻もちをつくエリゼ。

 やれやれ、これは本当に、かなり頑張らないと……。

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