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034.精霊術士、聖女と再会する

「ノル! ノル!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。エリゼ……」


 いつもは冷静で、穏やかなエリゼ。

 そんな普段の様子とはまったく正反対のまるで幼子のように、僕へと縋ってくる姿に、驚きを禁じ得ない。

 僕は、彼女を宥めるように、ゆっくりとその髪を撫でた。


「あっ……」

「大丈夫だよ。エリゼ」


 できるだけ優しい声色で、取り乱すエリゼへと語り掛ける。


「ゆっくり、ほら、顔を上げて」

「う、うん……」


 子どものように僕を抱きしめていたエリゼが、ゆっくりと顔を上げる。

 泣き腫らした顔。エリゼのこんな顔を見るのは、子どもの頃以来だった。

 少し痩せただろうか。なんだかひどく疲れているようにも見える。


「エリゼ、久しぶり」

「久しぶり……じゃないよ」


 怒ったように、エリゼがむぅと顔をしかめる。


「ノルがいなくなって、私……」

「ごめん。エリゼ」


 どうやら、エリゼは、何も言わず、パーティーを去った僕のことを、ずっと探してくれていたらしい。

 てっきり、彼女も同意の上で、僕のクビを決めたのだと思っていたけど、そうではないようだ。

 ホッとすると同時に、逆に、忙しさにかまけて、ずっと彼女に会いに行けていなかったことを申し訳なく思う。


「ううん、私の方こそ、ごめんね。自分勝手だよね。ノルをパーティーから追い出したのは、こっちなのに……」


 エリゼは、再び、目を伏せた。

 その姿から、彼女は、やはり本気で、僕の事を考えてくれたのだということが痛いほど伝わってきた。


「いいんだ。いろいろあったけど、今は、凄く充実してるし」

「そう……なんだ」

「そっちはどうなの? セシリアさんが、その……」


 そう僕が問いかけると、彼女は、辛そうな表情で、今の暁の翼(ウィングオブドーン)の惨状について語ってくれた。

 正直、ここまで酷いことになるとは思っていなかった。

 ヴェスパとメグは仕方ないとして、リオンまで、そんな状態だとは……。


「みんな、きっとノルを追い出してしまったことを後悔してる。だから……」

「ちょっとちょっと、さっきから、黙って聞いていれば、何を口走ろうとしてるのかしら?」


 と、それまで、僕とエリゼの再会を黙って見守っていてくれたチェルが、鋭い視線をこちらへと向ける。


「言っておくけど、今さら、うちの"ノエル"を返すつもりはないわ。どんな事情があろうと、ノルを捨てたのはあなた達。そんな傲慢なパーティーに、絶対にノルは渡さない」

「チェル……」


 僕を救ってくれた彼女の言葉に、ただただその名を呼ぶことしかできない。

 正直、僕の中には、もう暁の翼(ウィングオブドーン)に戻るなんて選択肢はなかった。

 いや、違う。極光の歌姫ディヴァインディーヴァを出ようなんて気が一切なかったと言った方が正しい。

 僕は、このパーティーで、自分の居場所を確かに実感できた。

 それは、ノルとしてではなく、ノエルとしてかもしれない。

 それでも、僕の事を認め、僕の力を心から必要としてくれた極光の歌姫は、僕にとって、もう、切っても切れない大切なものになっていたのだ。

 だから、辛くても、伝えなくてはいけない。


「エリゼ、ごめん。僕は、暁の翼(ウィングオブドーン)には、戻れない」

「ノル……」

「今は、この場所が、僕の居場所なんだ。だから……」

「だ、だったら……!!」


 立ち上がったエリゼは、決意を込めた瞳で、僕達を見据えた。


「私を……極光の歌姫ディヴァインディーヴァに入れて下さい!!」


 それは、また、エリゼが初めて見せる表情だった。

 いつも穏やかだった彼女の、本気の表情。

 その顔つきに、僕の胸がドクンと跳ねる。

 エリゼも一緒に極光の歌姫をやれる……それを想像するだけで、確かな高揚感が胸に広がった。


「あなたは、暁の翼の聖女でしょう?」

「そうです! でも、また、ノルと一緒に、冒険ができるなら……辞める覚悟はあります!!」


 一瞬苦し気な表情を見せつつも、彼女はきっぱりと言い切った。

 きっと、リオンの事を考えていたのだろう。

 葛藤を振り切るように、彼女の真剣な瞳が、一層鋭さを増す。


「まあ、確かに、冒険者でもトップクラスの回復術の遣い手であるあなたが入ってくれれば、パーティーは間違いなく強くなるでしょうね」

「だったら……!」

「でもね。私は、あなたを許していない」


 冷徹に、チェルは言い放つ。


「あなたにとってノルが大切なように、私にとっても、ノルは大切な人なの。そんなノルを、長年苦しめ、あまつさえ最後は追放という形で捨て去った。あなた自身は直接的に関与していないかもしれない。でも、事実として、あなたは、パーティー内でノルが不当に扱われているのを見過ごしていた。そんな、あなたを……私は許せない」

「チェル。エリゼは、別に……」

「言い訳するつもりはありません。私は、ノルを追い詰めてしまいました……。みんなと同罪と言われても、それは仕方がない。それでも……」


 エリゼは、深々と頭を下げた。


「お願いです!! 私をノルと一緒にいさせて下さい!! 私には、ノルが必要なんです!!」


 必死なエリゼの様子に、胸が掻きむしりたくなるように痛んだ。

 僕にとって、エリゼと一緒にいるのは、小さい頃から当たり前の事だった。

 だから、気づかなかった。

 彼女が、こんなにも、僕の事を必要としてくれていることに。


「話にならないわね……。自分の事ばっかり」

「それは君も同じだろう」

「セシリアさん……?」


 いつの間にか、部屋の入口付近に出て行ったはずのセシリアさんが立っていた。


「期日は一週間後だったはずだけど」

「少し、確認したいことがあってな。ところで、だ。自分の事ばかりというなら、君も同様ではないか」

「どういう意味?」

「この場は、あくまでオーディション会場なのだろう。だとしたら、彼女の事を"許せない"という君の私情が介入する余地はないのではないか」

「…………言うわね」


 正式なオーディションというならば、好き嫌いで、参加者の当落を決めるべきではない。

 確かに、セシリアさんの主張は至極真っ当だ。


「エリゼが冒険者としても、容姿や人気の上でも優秀なのは、君も認めるところだろう。その上で、一つ提案がある」

「聞くわ」

「私に下した課題、それをエリゼにも共有させてくれ」


 つまり、セシリアさんと同様に、エリゼにも一週間で指定されたダンスをマスターするという課題を与えるということ。


「私情を挟まなければ、私と同条件になるのも道理だろう」

「た、確かに……」

「ふーん、おもしろいわね。どうせなら、こうしましょう」


 その瞬間、チェルの顔に、マネージャーと仕事の話をしている時のビジネスフェイスが浮かぶ。


「あなた達には、2人でユニットダンスを練習してもらう。その披露は一週間後、私のミニライブの最後に、あなた達のために時間を取ってあげるわ」

「え、でも、チェル、それは……」


 エリゼもセシリアさん同様、もちろん、ダンスなどやったことはない。

 そんな2人がたった一週間練習したダンスを、ライブでたくさんのお客さん達の前で披露するなんて、それはあまりにも……。


「もし、極光の歌姫に加入することになれば、遅かれ早かれ、人前でパフォーマンスを披露することになるわ。これくらいは涼しい顔でやってもらわないとね」

「ふむ、ユニットダンスか。いいだろう」

「えっ、ちょ、セシリアさん……」


 この人、ちょっと豪胆すぎやしないだろうか。


「加入の合否については、会場のお客さんに委ねる。それでいい?」

「エリゼ、それで構わないか?」

「わ、私は……」


 エリゼは一瞬逡巡したように目を伏せたものの、再び正面を向いた時には、すでにその瞳には決意が満ち満ちていた。


「それで、構いません……!」

「ふふ、言ったわね」


 先ほどの冷淡な表情とは打って変わって、楽し気に目を細めるチェル。


「聖女エリゼ、戦乙女セシリア。あなた達の最終オーディション。私が、最高の演出をしてあげるわ」

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