029.精霊術士、初ライブをする
その後も、ぬいエルの活躍は素晴らしかった。
2層、3層とより深い層へと進んでいく中で、当然、パズルの難易度も上がってくる。
けれど、1週間のイメージトレーニングの成果か、僕とぬいエルは、それを悉く最速でクリアし続けた。
まず、間違いなくこのダンジョンの最速攻略記録保持者は、うちのパーティーになるだろうというレベルだ。
やはり、全体を俯瞰できるアリエルの力は、パズルを解くのにも、非常に適している。
その上、ぬいぐるみ姿で、とてとてとかわいらしくサイコロを回転させていく姿に、あのチェルですら、時折「か、かわいいわね……」と見入っていたほどだ。
なんだろう。僕自身がノエルとして、評価された時も嬉しかったが、今回は、アリエルが直接褒められているようで、前回の攻略よりももっと嬉しい。
そうなんだよ。僕のアリエルは凄いんだよ。
えっへん、と胸を張りたい気分だ。
「もう間もなくボスフロアね」
最後のパズルも難なく解き終わり、ぬいエルを抱きしめながら、僕とチェルは視線を交わす。
「えーと、目の数が揃ったら、一気にドン! ですよね!」
「うん、火力は今回もコロモ任せだ。頼んだよ」
「は、はい! 師匠の期待に添えるように、がんばります!!」
むんっ、と力こぶを作るコロモの姿にほほえましい気持ちになりながらも、僕は、ぬいエルを抱く手に力を込める。
さあ、アリエル。僕達の力、もっと見せてやろう。
「じゃあ、行くわよ!」
「はい!」「うん!」
チェルの合図で、ボスフロアへと突入した僕達。
そこには、あのパズルのフロアと同じようなフィールドが広がっていた。
唯一違うのは、周囲を囲むブロック状の壁の代わりに、真っ黒な空間が広がっていることだろうか。
と、その虚空から、まるで浮き出すようにして、魔物が現れる。
サイコロのような四角い顔に、シルクハットをかぶり、同じくブロック状の胴体からは、細長い腕が生えている。
ヤジロベーか、道化師か、そんな不思議な見た目の巨大な化け物が、黒い空間から僕達を見下ろしていた。
こいつこそが、このダンジョンのボス【パズルの魔人】だ。
「来るわよ!」
チェルの声で散開すると、ちょうど、僕達がいた辺りに爆弾のようなものがぶちまけられた。
一瞬で赤熱したそれは、小規模な爆発を引き起こす。
うん、思ったよりも、火力があるな。
だけど、この程度の散発的な攻撃なら、チェルとコロモであれば、僕のサポートがなくても回避できる。
「ノエル! 行ける?」
「うん!」
僕はフィールド上に現れたサイコロの上へと、ぬいエルを飛翔させる。
そう、要はこのボスフロアの攻略もあの各層にあったパズルと同様なのだ。
サイコロを動かして、消すことで、通常は無敵状態であるボスに、ダメージを通すことができる。
そして、消した目の数が大きいほど、ボスへのダメージに倍率がかかる。
となれば、狙うのはもちろん6の目だ。
だけど、相手も攻撃してくる以上、囮になる人物が必要だった。
それを買って出てくれたのは、チェル。
「ほらほら、遅いわよ!」
ボスの周囲を動き回り、攻撃を誘導していくチェル。
パズルに集中している僕は、今はチェルのサポートができていない。
つまりチェルは素早さも防御力も素のままというわけで、それでも、ボスの攻撃を回避できているのは、チェルの実力がレベル帯以上であることを顕著に示していた。
心配など、かえって失礼。僕は、できる限り早くパズルを完成させるのみ。
戦況全体を眺めている普段の脳のリソースを全てパズルを解くことへと注ぐ。
1秒でも早く。いや、0.1秒でも早く!
「完成だ!!」
僕の声が響いた瞬間、ボスがまるでしびれたようにその動きを止めた。
チェルが大きく後ろへと飛びずさる。
「コロモ!!」
「行きます!! ファイヤーボール!!」
前回の攻略の時と同様、本来なら暴発するレベルの魔力が込められたAランク魔術師レベルのファイヤーボールが、ボスへと直撃する。
僕がサポートするまでもなく、ダメージ倍率が6倍の状態で、大火力を受けたボスは、そのまま半ば溶けるようにその身をただれされると、最後は爆散した。
それを確認した瞬間、チェルが剣を頭上へと掲げた。
「極光の歌姫!! 矩形の迷宮の攻略完了よ!!」
はてさて、今回も、残念ながら、宝箱に入っていたのは、中級ダンジョンの宝としては、それほど珍しくもない、魔力結晶だった。
これは、持ち主の魔力を溜めておいて、いざという時に、一度だけ引き出すことができるというもので、希少性はそれほどでもないものの、なかなか実用性のあるものだ。
魔術師であるコロモに持っていてもらうということになり、ダンジョン攻略のお約束、お宝開封の儀はこれにて終了となった……までは、良かったのだが。
「はぁ……」
「ほら、ノエル。顔を上げて」
「ほ、本当にやるの……?」
「覚悟はとっくに決めたんでしょ」
「そうだけど……」
「し、師匠! 私も頑張りますから、一緒に、頑張りましょう!」
「…………わかった」
そして、僕達はチェルを中心に、トライアングルのフォーメーションを組む。
音響水晶から流れ出す音楽、それに、合わせて、僕達、極光の歌姫は踊る。
いわゆるボス撃破ライブ。前回の放送で、チェルがソロでやってことを、今回は、パーティー全員でやろうというのだ。
これは、事前に予定していたこと。
そのために、僕はぬいエルの操作練習やパズルのイメージトレーニングに並行して、この一週間、必死にダンスの練習をしてきた。
さすがにプロフェッショナルであるチェルに妥協はなく、本当に、死ぬような思いで練習した甲斐があり、なんとか一曲だけなら、最後まで踊り切れるようになった。
僕と同様、ダンスの素人のコロモがいなければ、きっと途中で心が折れてしまっていたことだろう。
ボーカルはチェル一人に任せ、僕とコロモは、バックダンサーとして、チェルを引き立てるように踊り続ける。
その上で、僕は、なんとかぬいエルにもより簡略化した踊りを一緒に踊らせていた。
正直、マルチタスクすぎて、もはや脳がいっぱいいっぱいだが、これも、チェルからの課題だ。期待には応えなければいけない。
そうやって必死にやっているうちに、いつの間にか、なんだか、僕の胸は熱くなっていた。
楽しい……のだろうか。
今まで、こんな風に、誰かと息を合わせて、何かに取り組んだ経験がなかった。
あくまで僕は、自由に動き回る仲間をサポートし続けていただけあって、相手がこちらの動きを意識して、同時に動くということをしたことがなかったのだ。
このライブパフォーマンスはまさに、僕が今まで経験してこなかった、それだった。
「ら、らー♪」
自然と、歌が口からこぼれた。
メインで歌っているチェルに、ほんの小さな声で合わせただけだ。きっとカメラでは拾えていない。
でも、その瞬間、確かな高揚感を感じた。
いや、違う。これは、僕だけじゃない、アリエルも……。
「師匠!」
コロモの声が、ちらりと聞こえ、僕は、最後の決めポーズを取った。
そのポーズのままじっくりと余韻を取った後、チェルがカメラへと手を振る。
「みんな、ありがとう~!! 近いうちに、みんなに大きな報告があるから、楽しみにしててね!! じゃあ、またね!!」
そうして、動画配信が終了した。
「……はぁ……はぁ…………」
「も、もうダメです……」
ボスフロアの床へと倒れ込む僕とコロモ。
「ふふっ、2人とも、なかなか良かったわよ。80点あげるわ」
「き、厳しいな……」
自分としては、それなりの出来だと思ったんだけど。
「最後が少しずれたしね。まあ、たった1週間にしちゃ上出来よ。これからも、レッスンは続けていきますからね」
「え、えぇ……」
毎回、ボス戦後にこれをやるとなると……とりあえず、走り込みをもっと頑張ろう。
「で、でも、チェルシーさん。最後の大きな報告って……」
コロモの質問に、僕も激しく同意する。
最後に言っていた報告というのは、僕も事前に聞いていなかった。
「ふふっ、それはね──」
そうして、極光の歌姫の次の活動を語るチェル。
「えー!! そんなことを!?」
「あー、なるほど……でも、なんというか……」
「面白そうでしょ♪」
語尾に音符でもつけてるんじゃないかというくらいルンルンと、彼女は楽しそうに微笑んだ。
はぁ、これはまた、予想がつかないことになりそうだ。
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