028.精霊術士、ダンジョンの謎を解く
最初のダンジョン攻略を経て、チェルのレベルは15、コロモのレベルも13まで上がった。
適正レベルよりもかなり上のダンジョンに挑戦したとはいえ、一度の攻略で、これだけレベルが上がってしまうのだから、チェルのユニークスキル【スキル効果上昇・極大】の性能に改めて戦々恐々としてしまう。
けれど、これだけレベルが上がれば、中級ダンジョンならば、ほぼ適正レベルに届いたと言っても良いだろう。
さて、そんなわけで、僕達、極光の歌姫は、新たなダンジョンの攻略にやって来ていた。
ブロックのような立方体が積み重なったような、不思議なダンジョン。その名も【矩形の迷宮】だ。
いわゆる生成型ダンジョンと呼ばれる部類のもので、冒険者がダンジョンに足を踏み入れるたびに、その構造が変化するという特殊なダンジョン。
当然、地図など何の役にも立たず、冒険者は毎回新しいダンジョンを攻略しているのと同じ状況になる。
「な、なんだか、少し不気味なダンジョンですね……」
紺色の四角いブロックが積み重なるような構造のダンジョンの壁を見ながら、コロモが少し不安げな表情をしている。
確かに、このタイプのダンジョンは、人工的な印象がとても強い。
無機質と言ったら良いだろうか。直線ばかりで、構成されたここは、生物が本来いるべき自然という環境から、もっとも印象の離れた場所と言っても良いだろう。
「大丈夫だよ。コロモ、僕達がいる」
「そうよ。さっさとクリアして、この陰気なダンジョンからおさらばするとしましょう」
そう言いながら、頭上へと魔動カメラを放り投げるチェル。
『映像配信、スタートします』
「さて、じゃあ、今回も行くわよ!」
「うん」
「は、はい!!」
「極光の歌姫!! レディ……」
『ゴー!!!』
かくして、僕達の2度目のダンジョン攻略がスタートした。
「はぁっ!!」
「ファイヤーボール!!」
チェルの剣が、寒天のようにてかてかしたのっぺらぼうの化け物を一刀両断する。
床を這いずり回るスライムたちは、コロモが魔法で焼き尽くす。
2度目のダンジョン攻略ということで、2人の動きは、前回よりもさらに良くなっていた。
「やっぱり、大した事ないわね」
「まあ、ここは、謎解きの方がメインのダンジョンだから」
実際、魔物の強さだけで言えば、ここは中級ダンジョンの中でも、最も弱いと言えるだろう。ほとんど初級と変わらない。
だけど、このダンジョンに挑戦する冒険者は少ない。なぜなら……。
「あ、何か開けた場所に出ましたよ」
「最初の関門に着いたみたいだ」
通路から一歩、その部屋に踏み出した瞬間、壁を構成するのによく似たブロック状の何かが床から浮かぶように、僕達の前にそそり立った。
そのブロックには、様々な種類がある。
点が1つのもの、2つのもの、3、4、5、6まで。
そう、つまるところ、このブロックは、サイコロだ。
「巨大なサイコロパズル……これが、矩形の迷宮の試練なんですね」
コロモがごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。
多くの冒険者が、魔物が弱いにも関わらず、このダンジョンの攻略を躊躇する理由が、これだ。
まるで、巨大迷路のように、そそり立つサイコロパズル。
このパズルを解かなければ、先に進むことはできない。
そして、このサイコロパズルを解くのは、非常に面倒くさいのだ。
「じゃあ、ノエル」
「師匠、お願いします!」
「うん」
僕は一歩前へと進み出る。
パズルを解くのは、僕一人だ。
このパズルの突破に当たって、僕は1週間、必死でイメージトレーニングを続けてきた。
パズルを解く訓練だけじゃない。
お姉さんに譲ってもらった、あれを操作する練習もだ。
さあ、初お披露目といこう。
「うわぁ……」
その瞬間、コロモの感嘆の声が聞こえた。
何を見て、そんな声を上げたのかと言えば、それは、僕の手から離れた妖精風のぬいぐるみだった。
僕がちょうど抱きしめられるくらいの大きさのぬいぐるみは、とてとてと可愛らしく前に進むと、カメラの方に向けて、軽く会釈をした。
「や、やっぱり、かわいいですねぇ……。師匠……!!」
コロモはかなり興奮している。練習している時から、ちらほら見ていたはずなんだけどな。
やはり、女の子からすると、ぬいぐるみが動くというファンシーな現象は、たまらないものがあるらしい。
「さすがの仕上がりね」
「まあね。じゃあ、行くよ」
アリエルが憑依したぬいぐるみ──ぬいエルとでも略しておこうか。
ぬいエルは、その背中の羽を震わすと、ふわふわと宙へと浮き上がる。
そして、そのままサイコロの一つの上とへと降り立った。
さらに、とてとてと巨大サイコロの上を歩くと、まるで玉乗りのように、それが回転した。
上から見えていた1の目が、2の目に変わる。
うん、どうやら上手くやれそうだ。
「3分ね」
時間を指定するチェルに、僕は首肯で返す。
さあ、パズル開始だ。
僕は、ぬいエルを操作して、サイコロを動かしていく。
最初に回転させた2の目のサイコロに、近くにあったサイコロを3度回転させて、同じく2の目にして、隣接させた。
その瞬間、くっついた2つのサイコロは、半透明になると、床へと沈み込む。
このサイコロパズルのルールは簡単だ。
サイコロを回転させて、同じ目の数を隣接させれば、そのサイコロを消すことができる。
つまり3の目のサイコロなら、3つ隣接させればよいし、6の目のサイコロなら、6つ隣接させればよい。
そうやって、最後の1つまでサイコロを消すことができれば、パズルを解いたとダンジョンから認識され、次の層への道が開くという寸法だ。
ただし、フィールドのマス目に沿って、サイコロを動かさなければならないという制約があるため、完全に自由に回転させられるわけではない上、一度揃えた目の数は、2~6までが一巡するまでは、再び揃えたとしても、消すことはできない。
さらに、一定時間ごとに、新たなサイコロが床から浮き出してくるので、もたもたしていると、どんどんサイコロが増えてしまうことになる。
つまり、チェルが時間を指定したのは、最初にサイコロが増えるまでの時間である。
1つのサイコロも増える間もなく、攻略を終えれば、それが最速。
僕はそれを目指していた。
「ルゥフェ、ラーガチ……」
精霊語で細かく指示を出しながら、ぬいエルを移動させる。
今回、あえて、ぬいぐるみを使ってパズルを解くという一見面倒臭そうなことをしているのには、二つ理由がある。
一つは、俯瞰的にパズルを捉えられるということ。
人間がこのパズルと解こうとすると、その巨大さゆえに、なかなかフィールドの全体までに目を行き届かせることができない。
だから、上から全体を見て、指示を出す人と、サイコロを回転させる人で分けなければいけないのだが、そうすると当然ミスも増え、かなり煩雑な作業になってしまう。
その点、アリエルの力を借りれば、自分は定点から全体を俯瞰しながら、回転も任意でさせることができる。その利点は大きい。
二つ目の理由は、単純に見栄えだ。延々と同じ構造の通路が続くこのダンジョンの攻略は、画的に言えば、これ以上ないくらい地味だ。とても配信に耐え得る絵面じゃない。
だけど、ぬいエルを使うことで、一生懸命ぬいぐるみがパズルを解いているという画を作ることができ、単調なダンジョンの映像の中でも、視聴者を飽きさせないことができる。女の子の視聴者なら、なおさらだろう。
「あと、少しです! 師匠!」
「うん!!」
さあ、集中だ。
パズルを解くコツは、サイコロの構造を理解すること。
サイコロは必ず表と裏を足せば、7になる。
その性質さえ、理解しておけば、あとは、マス目に応じて、何度回転させれば良いかを考えるだけだ。
「フィニッシュだ!」
最後の6つを6の目を揃えることで、消し去った瞬間、グリッドのように部屋に入っていた線が消え失せ、最奥に次の層へと続く階段が現れる。
それを確認すると、僕はぬいエルを自分の元まで飛翔させると抱きしめた。
「ありがとう。アリエル」
そうして、ギュッと腕に力を込める。
今まで、形のないアリエルに直接触れることなんてできなかったが、ぬいぐるみに憑依させれば、こんな風に抱きしめることだってできてしまう。
新鮮な感覚に、僕は、一層アリエルへの愛しさが、あふれるような思いだった。
自然と満面の笑みを浮かべた僕は、ほほを寄せるようにして、ぬいエルをギュッとしていた。
「し、師匠……かわいい……」
「これは……思った以上に、話題になりそうね」
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