027.精霊術士、ぬいぐるみを購入する
ぬいぐるみを購入した僕は、お姉さんと共に、店の外へと出てきていた。
「いや、本当に良いものを見せてもらった」
未だ、興奮を抑えられないのか、目を細めて、うんうんと頷くお姉さん。
「君は、人形遣いか何かなのか?」
「えーと……まあ、そんなところです」
「そうかそうか。本当に素晴らしい腕前だ」
満足したように、ふぅ、と深く息を吐くお姉さん。
よほど喜んでくれたらしい。
「でも、本当に良いんですか?」
「ああ、やはり、そのぬいぐるみは君が持っていてくれ。そして、できればなのだが……」
お姉さんは、少しだけもじもじとすると、意を決したように口を開いた。
「また、近いうちに、ぬいぐるみのダンスを見せてくれると嬉しいのだが……」
「全然構いませんよ。そんなことでよければ」
「あ、ありがとう!! ちなみに、どこに行けば、見れるんだろうか?」
「あ、えーと……」
どうやら、お姉さんは、僕がどこかで人形遣いとして、公演なんかをしていると思っているようだ。
「実は、まだ、人前では披露したことがなくて」
「そ、そうなのか!? 凄い技術なので、てっきり……」
「あ、でも、その、これからもっと練習して、人前でもできればなぁ、なんて思ってて」
嘘は言ってない。
もっとも、人形遣いとしてではなく、冒険者として、なのだけど。
「ということは、君がデビューするまで待てば良いのだな。ふむ、この街に滞在する理由ができてしまったな……」
お姉さんは、なんだか思慮深げに顎に指を当てている。
「こんなものでよければ、個人的にお見せしますよ」
「ほ、本当かっ!!」
物凄い剣幕で迫ってくるお姉さん。よほどかわいいものが好きらしい。
「え、えっと、また、都合がつく日があれば……」
「ぜ、是非、頼む!!」
「はい、わかりました。次会う時までに、もっと練習しておきます」
期せずして、ぬいぐるみの扱いを練習する理由が増えてしまった。
まあ、その方がより励みになるし、良いか。
「そ、それじゃあ、次は、いつ会えるだろうか……?」
「そうですね、えーと……」
「なあ、あそこにいるの。極光の歌姫のノエルちゃんじゃないか……?」
ふと、そんな声が聞こえ、僕は、反射的に、そちらの方を向いてしまった。
「あ、やっぱりそうだ!!」
「え、あのアイドルパーティーの!?」
「じ、実物、めちゃくちゃ可愛いじゃん……!!」
顔を向けてしまったことで、もしかして、と思っていた人たちに確信させてしまったらしい。
そういえば、精霊術を使うために、マスクを外してそのままだった。し、失敗したぁ……。
一気にざわつく周囲に、焦る気持ちが強くなる。どうやら、"ノエル"は、思った以上に、たくさんの人に認知されてしまっているらしい。
「お姉さん、ごめんなさい! 僕、行かないと……!!」
「君は……」
「そ、それじゃあ!!」
「あ、ちょっと待ってよぉ、ノエルちゃーん!!」
「サイン!! サインちょうだい!!」
迫ってくるファンと思しき人達から、慌てて逃げる僕。
アリエルの力を使って、走る速度を倍加させる。
あっ、そういえば、お姉さんの名前を聞きそびれてしまった。
ちゃんとした約束もできないままになってしまったけど、また、会えるだろうか。
お姉さんが譲ってくれた妖精のぬいぐるみを抱きしめながら、僕は、事務所までの道を必死に走ったのだった。
「ノエル……か」
名前すらもかわいらしいその少女は、どうやら有名人らしい。
あまりこの街のことについては、まだ、詳しくはないが、そういえば、アイドルなんて存在が人気だということは聞いた事があった。
もしかしたら、彼女は、アイドルなのかもしれない。
あれだけ、可憐極まりない容姿をしているのだから、アイドルでなかったとしても、きっと人前に出る仕事をしている人なのだろう。
宿に戻ったら、彼女の事を少し調べてみるのも良いかもしれないな。
とにかく、かわいらしい女の子がかわいらしいぬいぐるみを操っている姿……もう一度、見てみたくて仕方がなかった。
「セシリアさん?」
ふと、呼びかけられて、私はそちらに視線を向けた。
「聖女エリゼ」
「ああ、やっぱり」
ぽてぽてとした動作で駆けてきたのは、暁の翼の回復担当、聖女のエリゼだった。
昨日ぶりの再会だったが、寝ていないのか、その翡翠のような目の下には、うっすらと隈が浮かんでいた。
「疲れた顔をしているな」
「あはは、実は、私も少しお暇をもらいまして……」
「そうか。すまなかったな。こんな形になってしまって……」
彼女を置いて、暁を翼を抜けたことには、わずかばかり後ろめたさがあった。
だが、彼女は、首を横に振る。
「いいんです。迷惑をかけてしまったのは、こちらですから」
「そう言ってくれると助かる」
疲労の濃く現れる顔に、それでも、彼女は笑顔を浮かべた。
「彼を探しているのか?」
「はい。暁の翼には……いえ、私には、絶対にノルが必要なので」
「そうか。私にも、この街に滞在する理由ができた。もし協力できることがあれば、手伝わせてもらおう」
「いいんですか?」
「ああ、個人的に、彼とは会ってみたいと思っていたしな」
あのパーティーをSランクたらしめていたのだ。
いまさら、ノルという人物の優秀さは疑うべくもない。
それに、あいつから聞いていた件。それが事実なのかどうか、直接確かめたくもある。
「ありがとうございます。でも、ノルって、一般的な感覚で言うと、地味ですから、見つけるのは相当たいへんかもしれません」
「地味……なのか」
ふむ、先ほどの少女のように目立つ容姿なら、探しやすかったんだが、どうやら、話はそう簡単には行かないようだ。
「ともかく、もし、彼らしい人物を見つけたら、連絡しよう」
「わかりました。では、ノルの容姿について、伝えられる限りのことは伝えておきます。まず、目が大きくて、とても童顔です。ちょっと色素の薄い瞳をしてるんですが、なんだか惹き込まれるような感じがあって、神秘的な感じがするというか。でも、前髪が伸ばしっぱなしなので、あまりそういう瞳の印象が残らないかもです。髪も薄い翡翠色でとても綺麗なんですけどね。ほっぺたも、まるで小さな子供みたいにぷにぷにでとてもかわいいんです。身長は私とほとんど同じくらいで、手足が細くて、色も白いので、ちょっとなよなよしたように見えてしまうかもなんですが、意外と鍛えられていて、冒険の途中で音を上げたことは一度もありません。二の腕とかふとももとか私よりも細いのに……ちょっとうらやましくて。いや、それは良いんですが、たまに見える鎖骨が、本当に折れそうなくらい儚くて、守ってあげたくなるというか。あっ、でも、決して頼りないというわけではなくて、こう魔物と戦っている時の視線とかには、男の子っぽさも凄くあって……。あっ、声も素敵なんですよ。少し、男の子としては、甲高いように感じるかもしれないですが、口調が穏やかな事もあって、聞いていると凄く落ち着くというか。精霊を操る時のささやくような言葉も、一番彼の近くにいる私には聞こえるのですが、なんていうか、こう背筋がぞくぞくするようなウィスパーボイスというか、思わず、ちょっと聞き入ってしまうような魔性の魅力があって。あと、そうですね。あっ、彼の手なんですけど、私よりも小さいんです! で、凄く綺麗で、まるで、お姫様みたいなんです! 少し前は、よく、こう掌同士を合わせて、まだ、私の方が大きいねぇ、なんて、確認し合ったりなんかして。そうすると、ちょっとだけすねるんですよね。そんな姿が、また、こう弟みたいで、かわいくて。いや、私、本当に弟がいるわけではないんですが、彼とは本当に小さい頃からの付き合いで──」
「いや、すまん。とりあえずは、そのくらいにしておいてくれ……」
もはや惚気話に近くなってきたそれを、私は必死に静止したのだった。
次回から、再びダンジョン攻略開始します。
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