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026.精霊術士、戦乙女に出会う

 さて、迷霧の密林の攻略を終えた翌日の事だ。

 チェルとコロモは、僕達、極光の歌姫の次の活躍に向けて、その準備に勤しんでいる。

 そんな中、僕は一人、"ノエル"の格好で街の商店街へと向かっていた。

 ノエルの格好とは言っても、冒険用の装備ではなく、はじめて女装したときの町娘風の姿、顔にはマスクをつけている。

 チェル曰く、すでに僕にもファンがついているだろうから、あまり目立つ格好で出歩くのはやめておいた方が良いという話だった。

 そこまで気にしなくとも……とは思ったが、確かに、人気アイドル、チェルとの繋がりがあるノエルは、ファンからしてみれば、ちょっと特別な存在かもしれない。

「いや、お前自身の人気がすでに、ちょっとしたもんだからな」とマネージャーさんにも釘を差されたが……まあ、なんにせよ、悪目立ちする必要もない。

 人通りの多い中央通りを通り過ぎ、僕がたどり着いた場所は、比較的新しい一軒の店だった。

 道に面するショーウインドウには、大きさや色など、様々なぬいぐるみが並んでいる。


「こ、ここか……」


 おそるおそる僕はその扉をくぐる。

 カランカランという鈴の音が店内に響き渡り、「いらっしゃいませ」と店員の声が返ってきた。

 周囲を見渡すと、クマに、ネズミ、リスにアヒル、など、動物を模したぬいぐるみの数々がところ狭しと壁に並べられている。

 初めての世界観に、僕は思わず、ごくりとつばを飲み込んだ。

 店の中には、若い女性客や親子連れが数組ほどもいる。

 ノエルの姿で来たのは正解だったかもしれない。ノルの姿のままだったら、絶対浮いてたな。


「とりあえず、一通り見て行くか……」


 真ん中の棚を中心として、反時計回りにぬいぐるみの物色を開始する。

 さて、僕が、なぜこんなぬいぐるみ屋さんに来たかと言えば、それは、チェルから今後の活動に向けての、宿題を与えられたためだった。

 "ノエル"という女の子になったことで、僕は、パーティーの中で、特別、地味な存在ではなくなった。

 やはり、同じ守られている立場にあっても、女の子になった途端、"地味"だとか"弱そう"ではなく、"可憐"だとか"守ってあげたい"とかそんな良い印象に変わるのが、人の性質らしい。

 チェルの目論見は見事に図に当たったというところで、「極光の歌姫ディヴァインディーヴァのノエル」といえば、すでにそれなりの認知度を獲得しているようだった。

 やっていることの本質は、暁の翼(ウィングオブドーン)にいた頃と全く同じなのにも関わらず、見た目が違うだけで、こんなに変わってしまうとは……。

 チェル曰く、「世の中、一番大事なのは実力よ。でも、その実力をしっかり自己アピールできなきゃ、宝の持ち腐れだわ」ということらしいが、まさに、その通りだった。

 ただ、やはり、僕自身の見た目が変わっても変化しない部分もあって、それが「戦闘中何をしているのかよくわからない」という部分だ。

 要所要所では、チェルやコロモが褒めてくれることで、視聴者にも僕のやっていることが伝わるようには配慮してくれているし、前回の攻略では、迷霧を拭き散らすという"見せ場"があったため、視聴者からも、かなり僕の評価は高かったようだが、いつもいつもそんな見せ場が用意できるとは限らない。

 やはり、戦闘中、ある程度、僕がやっていることが、視聴者に伝わる必要があるのだ。

 そのために、チェルが考えたのは、僕と契約している精霊である"アリエル"を視覚的に認識できるようにするというものだ。

 その手段として、アリエルをぬいぐるみに入れ込む、という方法が考え出された。

 元々"精霊憑依"では、アリエルを僕という存在に上書きすることで、戦闘能力を飛躍的に向上させることができている。

 同じように、ぬいぐるみという存在にアリエルを入れ込むことができれば、まさに、かわいい動くぬいぐるみとして、視聴者にもわかりやすくアリエルがしていることがわかるのではないかというのだ。

 本当に、チェルのアイデアは奇抜だ。だが、試してみる価値は十分にあると僕も思った。


「えーと、デザインがかわいらしくて、小さすぎず大きすぎず……色はちょっとビビッドな感じで……」

 

 チェルに指定された条件で、よいものがないかと探していく。

 冒険の邪魔にならないよう、サイズはほどほどで、デザインは僕の……ノエルのイメージに合わせて可愛らしいものがよい。

 カメラが引きの時でも、認識しやすいように、色味ははっきりとしたものが望ましい。

 うん、条件に照らし合わせると、それなりには絞れてきたぞ。

 あとは、僕の好みで……という話だったんだけど、そもそも、人形に対して、好みがどうとか、正直ないんだよなぁ。

 やはり、コロモにも来てもらった方が良かっただろうか。

 女の子目線で、どちらの方がかわいいとか、アドバイスをもらえただろうし。

「むぅ……」と悩みつつ、ビビッドな色合いのぬいぐるみが並ぶコーナーを物色していたら、いつの間にか、自分の横に長身の女の人が立っていた。

 めちゃくちゃ美人だった。いや、なんというか、かっこいい美人と言ったらよいだろうか。

 細身でスラリとしており、パンツルック。アッシュグレーの腰まで届く長い髪。

 モデルさんだと言われてもしっくり来る。実際、本当にモデルさんかもしれない。

 チェルとはまた違った雰囲気のその美少女は、難し気な顔をしながら、真剣な表情で目の前の棚に並んだぬいぐるみを見つめていた。


「クマさん……ウサギさん……」


 どうやら、彼女も、ぬいぐるみを選んでいるようだ。

 妹とかがいて、そのプレゼントだろうか。

 少しだけ、同じ棚を見つめるその女性のことを気にしつつも、良さそうなぬいぐるみを選ぶ。

 と、目を向けた中段あたりに、一つ気になるぬいぐるみを見つけた。

 そのぬいぐるみは、いわゆる動物なんかを模したものではなく、人の形をしていた。

 いや、正確には妖精を模しているのだろう。デフォルメされたずんぐりむっくりの体型に、シンプルな顔立ち、背中には、蝶のような羽根が生えており、手には魔法のステッキのようなものが握らされている。

 小さな子供向けの絵本に出て来るような"妖精"のイメージそのものなデザインだ。

 鮮やかな萌黄色の衣装を着せされていることもあり、統一感がありつつも、なかなかに見栄えが良い。

 風の大精霊というアリエルのイメージにもぴったりと言えた。

 よし、これにしよう。

 と、そのぬいぐるみを取ろうとした瞬間、ほとんど同じタイミングで、誰かが同じぬいぐるみを掴んだ。


『あっ……』


 声が重なる。

 手の持ち主を見ると、それは、先ほどから僕の隣でぬいぐるみを物色していた、あのカッコいいお姉さんだった。

 どうやら、彼女もこの妖精風のぬいぐるみが気に入ったようだ。


「えーと……」


 一瞬固まってしまう僕。

 すると、お姉さんが、ぬいぐるみから、手を放した。 


「君の方が早かった」

「えっ、でも……僕の方こそ、お譲りします」

「いや、良い。君の方が、そのぬいぐるみが似合う」


 似合う? もしかして、自分用のぬいぐるみとして買うつもりだったのだろうか。

 カッコよい見た目に反して、結構少女趣味なのかもしれない。


「是非、君が貰ってくれ」

「で、でも……」

「いいんだ。やはり、ぬいぐるみは、可憐な少女が持っていてこそだからな」


 うっすらと微笑むお姉さん。だけど、僕には、どこかそれが少し悲し気に見えた。

 …………よし。


「お姉さん、少しだけ、このぬいぐるみを見ていて下さい」


 僕は、マスクと外すと、ぼそりと精霊語を呟く。

 すると、宙を漂っていたアリエルが、ぬいぐるみの中へと入り込んだ。

 精霊憑依と違い、自分自身を空っぽのするわけじゃないから、簡単だ。

 少し、指示を出すのは難しいが、長年の付き合いで、僕からの指示の理解を深めているアリエルなら、多少細かい動きだってやってできないことはないはずだ。

 そうこんな風に。


「お、おおっ……!!?」


 お姉さんが、目を輝かせる。

 妖精風のぬいぐるみ、それがまるでダンスを踊るようにお姉さんの周りを回り始めた。

 さながら、人形劇のような立ち振る舞い。くるくると回るぬいぐるみの様子に、かわいい物好きらしいお姉さんは信じられない、といったような表情で、ふるふると震えていた。


「あ、ああ……なんて、か、かわいらしい……」


 感動に打ち震えるお姉さんの見て、またしても、チェルの思惑が成功したのだと、僕は確信したのだった。

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