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025.精霊術士、祝勝会をする

「かんぱーい!!」

「いぇーい!!」


 チェルの音頭で掲げたグラスを、みんなで一斉に打ち付ける。

 杯を煽ると、柑橘系の爽やかな甘みが、口の中に広がり、しゅわしゅわと弾けた。

 うーん、五臓六腑に染み渡るとはこのことだな。

 時刻はすでに夜になっていた。

 事務所へと戻った僕らは、初のダンジョン攻略成功を喜び、祝勝会を開いていた。

 マネージャーさんが買ってきてくれた豪華な食べ物と飲み物を囲み、みんなで笑い合う。

 ああ、こんな感覚いつぶりだろうか。

 前のパーティーにいた頃は、ダンジョンの攻略を終えた後の祝勝会は、ヴェスパやメグといったいわゆる根が明るいタイプの人間の独壇場だったもんなぁ。

 基本、彼らと折り合いの悪い僕は、酒場の端っこでちびちびやっていた記憶しかない。

 もっとも、暁の翼が結成したばかりの頃は、今みたいな、楽しい飲み会をした思い出もいくつもある。

 エリゼが初めてお酒を飲んだ時の話とか、今思い出しても、大変だったけど、本当に笑える。

 あの冷静なリオンが、慌てた顔を見せていたのも、凄く印象的だった。

 その頃の楽しかった雰囲気を思い出して、なんだか懐かしさを感じている自分がいた。


「ちょっと、ノル。何、遠い目をしてるの?」

「あ、ごめん」


 いかんいかん。

 つい、また、昔の事を思い出していた。

 

「そうだぞ、ノル! 辛気臭い飲み方してんじゃねぇ。俺が男の飲み方ってやつを教えてやる」

「ちょっと、マネージャー。そういうのは、最近ではパワハラっていうのよ。それに、こうやって甘い果実酒のソーダ割りばかり、ちびちび飲んでるのが、かわいいんじゃない」

「えっ……?」


 ちょっと待って、僕のお酒の好みって、もしかして、女子っぽいのか……。

 いや、でも、カクテルとかも好きだよ。ミルク割りとか甘くておいしいし。


「ぽ、ぽしゃけって、こんなにふわっとした感じににゃるんですねぇ」


 僕の隣では、夢見心地で、ふにゃ~とした顔で微笑んでいるコロモの姿。

 養成学校を卒業したばかりの彼女は、どうやら今回初めてお酒を飲んだようだ。

 体温が上がったのか、上着を脱いでいるのだけど、普段はブレザーの内側に隠されているその大きな胸の谷間がばっちり見えてしまっている。

 無防備すぎる……。

 目のやり場に困るので、とりあえず近くにあったブランケットを肩からかけてあげると、コロモは「ししょー、あららとうございます」と、半分酔いながらも、普段の真面目な態度でお礼を言ってくれた。

 チェルさん。うちの弟子が可愛すぎる。


「そういやよ。放送局のスタッフから、次も是非、放送させて欲しいって、話が来たぜ。もちろんメインでだ」

「当然ね。まだ、課題こそあるけど、私たちの冒険はちゃんとエンターテインメントしているもの。次はもっとみんなを楽しませるわよ」


 冒険者として活動しながらも、やはりチェルの根本的な部分はアイドルだ。

 攻略をいかにみんなに楽しんでもらえるか、そこを一番に考えている。

 ただ、彼女の凄いところは、その上で、さらに堅実でもあるところだ。

 今回の攻略、一見、話題性重視の無謀な攻略のように一部の視聴者には映ったかもしれないが、その根底には、綿密な下調べと、攻略計画がある。

 仲間の能力をしっかりと把握し、安全性の考慮もしながら、あらゆる面で最大限の見返りが得られるようにパーティーを引っ張っていく。

 それは、冒険者のリーダーとしても、最も必要となる能力だと言えた。

 彼女の凄さは、アイドルだからというだけじゃない。きっと冒険者一本でやっていたとしても、相当に優秀だっただろう。


「新たにスポンサーになりたいって人からも何件か話が来てる。これから、もっと忙しくなるぞ」

「あー、まあ、そちらの方はそこそこで頼むわ。私達の目標は、あくまで聖塔の攻略だからね。できるだけ煩わしいことは最小限で」

「んじゃ、お嬢の方で、厳選頼む。リストは明日の昼までには作っとくからよ」


 なんだかんだ、酒の席でも、仕事の話になってしまうあたり、本当に、この2人は働き者だなぁ。

 と、2人のビジネストークに耳を傾けていた僕の肩に、何か温かくて、サラサラしたものが乗っかった。

 それは、コロモの頭だった。

 彼女は、まるで甘えるように、僕の肩に頭を乗せてきたのだ。


「コ、コロモ……?」

「ね、ね、ししょー」


 彼女は、半分、ろれつの回っていない口調で、僕の肩に頭を預けたまま問いかける。


「ししょーの好みの女性のタイプって、どんにゃ人ですか?」

「ふぇっ……?」


 こ、好みの女性?

 い、いきなり、この娘は何を……? 


「おっ、なんだ。飲み会っぽい話になってきやがったな!」

「なかなか興味深い質問ね。ノル、答えてよ」

「え、えぇ……」


 コロモの質問に、妙に食いつくマネージャーさんとチェルに苦笑いを浮かべる僕。

 いきなり好みの女性のタイプと言われても……。

 正直、綺麗だな、とか、可愛いな、と思う人は数いれど、明確にこんな女性が好き、というものは自分の中にないんだよなぁ。

 そもそも、僕みたいな地味な男が、女性をタイプで考えるというのが、おこがましいと言うか……。

 でも、そう答えても、たぶん、みんなを白けさせちゃうよな。

 うーん、強いて言うなら……。


「優しくて、笑顔が素敵な人かな」

「ふーん、普通ね」


 せっかく絞り出したというのに、チェルさんにばっさり切られました。


「やしゃしくて、笑顔がしゅてき……かぁ」


 コロモは、なぜだか少しだけ思案するように、むーん、と唸っている。

 とりあえず、早く肩から頭を下ろしてくれないと、ちょっと色々意識してしまうんだけど……。


「あ、でも、その特徴って。もしかして、前のパーティーにいた聖女様みたいな感じ?」

「えっ……!?」


 チェルに思ってもみなかったことを指摘されて、思わずどきりとした。

 確かに、エリゼは誰にも分け隔てなく優しいし、あのふんわりと柔らかな笑顔を見ていると、なんだか安心できる。

 でも、それは、幼馴染として、人間として好きなだけであって、異性として、好きというのとは少し違う気もした。

 いや、めちゃくちゃ美人だし、魅力的な女性では、もちろんあるんだけど、なんていうか、彼女とは姉弟や家族にも近い、そんな親近感を感じるのだ。

 赤ん坊の頃から、人生の大半を一緒に過ごしていれば、そんな気持ちにもなる。

 僕を追放した暁の翼にあって、やはり、彼女だけは、どうしても恨むことができなかった。

 いや、むしろ、恨むどころか感謝している。彼女がいなければ、きっと僕は、もっと早くに暁の翼から追放されていただろうし。

 いまさらながら、彼女に何も言わずに、パーティーを出てしまったことに、少し心が痛んだ。

 一度、彼女にだけは、きちんと今の僕のことを話した方が良いかもしれない。

 うん、きっと、そうしよう。


「おい、つまんねぇぞ、ノル。性格とかじゃなくて、乳が好きとか、尻が好きとか、そういうのはねぇのか?」


 一人で物思いにふけっていると、マネージャーさんに、ぺしぺしとネクタイの先で、頬を叩かれた。


「マネージャー、今度はセクハラ」

「あ、はは……」


 まあ、それも、もう少しだけ、待っていてもらおう。

 なにせ、チェルからたくさんの宿題(・・)を与えられている。

 しばらくは、それをこなすので、手いっぱいだろうから。


「ノル」


 名を呼ばれ、チェルの方を向くと、彼女は、にっかりと笑って言った。


「私達、もっと輝くわよ」

「……うん」


 未来への展望を胸に、僕とチェルは、もう一度、掲げたグラスを交わすのだった。 

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