024.勇者パーティー、仲間割れをする
転移結晶、それは、ダンジョンからの緊急脱出に使われるアイテムである。
細長いクリスタルのような形をしたそれを砕くことで効果が発動し、パーティー全員を任意に指定した安全地帯へと帰還させることができる。
そして、多くの者は、街の教会をその帰還ポイントに指定していた。
教会であれば、司祭様の回復魔法で、治療を行える上、仮に死者が出てしまった場合でも、高位の聖職者だけが持つユニークスキル【神の奇跡】によって、生き返らせることができる可能性があるからだ。
映像水晶の普及と同時に、人為的に作成することが可能になった転移結晶は、これまで多くの死傷者を出していたダンジョン攻略を、よりカジュアルなものに変えたと言っていいだろう。
私達、暁の翼が、前回、転移結晶を使ったのは、白亜の聖塔攻略の時だ。
あの時は、3日かけて、塔の半分である30層までを攻略したものの、中階層のボスの猛攻に押され、やむなく使用することになった。
今回はそれ以来、はじめての使用ということになるが、その時とは、転移結晶を使う意味合いが大きく違っていた。
聖塔は、まだ、誰も攻略できていない最高難度のダンジョンだった。
そこから逃げ帰るのはなんら恥ずかしいことではなく、むしろ、聖塔の半ばまでをクリアした私達を多くの人々が讃えてくれたものだ。
けれど、今回攻略していた陽炎の孤城は、上級ダンジョンの中でも、そう難度の高いものではなく、なおかつ戦っていたボスにしても、Sランクパーティーが本来倒しきれないような相手ではなかった。
はっきり言って、情けない結果になったのは否めない。
だけど、あそこで転移結晶を使っていなければ、全滅の可能性も大いにあった。
その事実をはっきりわかっているからこそ、教会からベースへと戻る道すがらも、誰一人として、口を開く者はいなかった。
それほど、私達5人は、疲弊しきっていた。
「エリゼ。なぜ、転移結晶を使った……」
重苦しい空気が漂う中、最初に口を開いたのは、リーダーであるリオンだった。
「すみません。でも、ああしなければ……」
「君の回復があれば、まだ、俺は戦えた」
憮然とした顔。
今回の離脱に、一番納得がいっていないのは、明らかにリオンだった。
教会の司祭様の前ではおとなしくしていたものの、あの時から、ずっと拳を握りしめたままだ。
「俺は戦えたんだ」
「勇者リオン」
腕を組みながら、私とリオンのやり取りを見守っていたセシリアさんが口を挟んだ。
「彼女の判断は正しい。たとえ、あのまま戦っていたところで、ジリ貧になっていたのは明白だ」
「セシリア……。あなたもそんな泣き言を言うのか?」
「泣き言などではない。純然たる事実だ」
壁に寄り掛かるようにしていたセシリアさんは、立ち上がると、リオンの元へと歩み寄る。
その表情には、明らかな憤りが浮かんでいた。
「はっきり言って、私は失望した」
「失望……だと」
「ああ、私は、白亜の聖塔を攻略するために、あえて、ソロという信念を曲げて、君からの勧誘を受けることに決めた。冒険者の頂を目指すためだ。しかし、結果はどうだ。聖塔の攻略どころか、上級ダンジョンですら、まともに攻略することができない。Sランクパーティーが聞いて呆れる」
「くっ……」
セシリアさんからの正論に、リオンの顔が憎々しげにゆがんだ。
ずっと胸の内に溜まっていたものがあるのか、セシリアさんの口はまだまだ、止まる気配がない。
「まずは、この2人だ」
指差したのは、ヴェスパとメグ。
「探知スキルすらまともに使えない上、戦闘でも貢献できない大盗賊に、初心者ですらやらないような魔法の暴発で仲間を危険にさらす魔術師。役立たずも甚だしい」
「うっ……。待てよ。今回はたまたま調子が悪かっただけで……」
「わ、私も……ちょっと力みすぎちゃっただけで……」
「そんな言い訳が通用するか。君達のそれは、純然たる"実力"だ」
断固とした口調で、セシリアさんに事実を突きつけられた2人は、何も言い返すことができない。
「今回の攻略で、この2人が足手まといになったことは認める。だが……」
「勇者リオン。君のリーダーとしての力量にも不服がある」
「なに……?」
「君の戦闘の実力は、それなりのものだ。だが、判断力は、駆け出しの中にも、君よりよほど優れた者がいるぞ。あの場で、無理にボスと戦おうとし、パーティーを危険に晒した判断は、はっきり言って無能と言わざるを得ない」
「俺が……無能だと?」
「ああ、無能だ。あまつさえ、聖女を糾弾しようとした君を見て、さらにその考えを深めたよ」
にらみ合うセシリアさんとリオン。
だが、セシリアさんの言っていることは、まさに正論だった。
Sランクパーティーとして、ヴェスパとメグが明らかに実力不足であることも、ここしばらくのリオンがリーダーとしての判断力を失していることも。
「…………ノル」
自然と、私の口から、彼の名がこぼれた。
私達をSランクパーティーたらしめていたのは、明らかにノルの力だった。
彼は、自分が周りからの評価が得られなくても、いつも、パーティーのためを思って、自分の全力を尽くしてくれた。
ヴェスパやメグがこれまで活躍できていたのも、彼の精霊術のおかげだ。
盗賊としては鈍足のヴェスパがあれだけ素早く動けていたのは、精霊の加護があったからだし、攻略の際に一度も迷ったことがないのも、彼が上手くパーティーの進行方向を誘導してくれたからに他ならない。
破壊力にもコントロールにも問題があるメグの魔法も、精霊術の力で、火力を引き上げ、周囲への被害も出ないように配慮してくれた。
リオンについてもそうだ。
彼は幼馴染であるリオンのことを最後まで信じていた。
だから、どんなに辛く当たられても、彼をサポートし続けた。
リオンが、自分の判断で今までやって来られたのは、その判断を最善のものにしてくれるノルの存在があったからなのだ。
「エリゼ、今、誰の名を口にした……!?」
「リオン。やはり、ノルに戻ってきてもらうべきです。私達のパーティーは、ノル抜きでは……」
「お、お前は、また……!!」
「そうだぜ! 聖女様!! いまさら、なんで、あんな役立たずを……!!」
「本当に、皆さんは、今でも、ノルのことを"役立たず"だと思っているんですか? これだけの醜態をさらしたというのに」
ヴェスパとメグがウっと、口を噤む。
一番、ノルがいることの恩恵を受けていた2人だ。
さすがの彼らにも、何か思うことはあったのだろう。
「私は、1人でも、ノルを探します。今さら、彼にした仕打ちが許されるとは思いません。でも……」
「ああ、その方が良い」
同意してくれたのはセシリアさんだ。
「私は、このパーティーを抜けさせてもらう」
「そ、そんな! セシリア嬢!!」
「え、え、ほ、本気……?」
慌てふためくヴェスパとメグに、セシリアさんは冷徹な視線を向ける。
「命を預けることに不安のあるメンバーと冒険をすることなどできない。元々、私はソロでやってきたのだ。聖塔の攻略ができる実力がないとわかった今、君達と行動を共にする理由はない」
「いいだろう」
売り言葉に買い言葉でリオンが言葉を返す。
「俺達の実力を不安に思うなら、出ていくといい。無理に引き留めはしない」
「で、でも、大将!! もうマスコミには……」
「そうさせてもらおう。ほんの一時だが、世話になった」
「お、おい!! セシリア嬢!!」
セシリアさんは、一瞬、私にだけ申し訳なさそうな視線を向けると、それ以降は振り返ることもせず、静かにベースを後にした。
より一層の静寂が場を包む。
「私も……少し暇をいただきます。ノルを、探さなくてはいけないので」
「…………勝手にしろ」
諦めたように俯くリオンの姿に、胸の奥がわずかに痛んだ。
でも、今、このパーティーに……いや、私に必要なのは、間違いなくノルだった。
もう一度、みんなで……。
深夜の暗闇の中、セシリアさんの後を追うように、私は静かにベースを後にした。
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