023.勇者パーティー、敗走する
陽炎の孤城の第5層。
ボスフロアであり、石造りの大広間であるそこには、巨大な騎士が佇んでいる。
白銀の魔騎士。
それは、その孤城の主の名前だった。
基本的な見た目は、城を徘徊する暗黒騎士たちに酷似しているが、身長はその三倍ほどもあり、下半身は馬のような四足歩行になっている。
携えている武器が槍なこともあり、その姿は、さながら騎乗兵のようだった。
「速攻する!!」
リオンが天空へと剣を振り上げる。
世界にも数人しかいない勇者という職業を持つリオンは、剣技だけでなく、魔法も使うことができる。
そして、リオンが最も得意とする魔法は、赤雷。
炎のように紅蓮の色をした雷が、城の天井を貫くようにして、魔騎士へと降り注ぐ。
「グォオオオオオオオッ!?」
いくつかの赤雷が直撃した魔騎士は、咆哮を上げた。
しかし、さすがにボスモンスター、追撃を逃れるように、四本の足で軽快にステップを踏むと、こちらへと迫ってくる。
「くっ、俺の一撃を食らいやがれ!!」
ヴェスパが、ナイフを手に駆け出すも……そもそも、ボスの動きについていけていない。
またぐようにして、その攻撃をスルーすると、ボスは後衛であるメグと私の元へとその槍を振り下ろそうとした。
「させん!!」
横合いから、光る槍が魔騎士の鎧を貫く。
セシリアさんだ。
おそらく彼女の固有スキルで威力を倍加したであろう槍が、見事に魔騎士の左肩を貫いた。
さすが、ソロでとある上級ダンジョンの攻略を成し遂げた英傑だ。
そのまま魔騎士と槍と槍の鍔迫り合いを始めたセシリアさんに、私は、防御力アップと継続回復力向上の魔法をかける。
同じく、後方から、攻撃を仕掛けているリオンにも同様の魔法をかけた。
前衛2人がかりでなら、魔騎士の動きを封じ込めることができる。
「メグさん!!」
「えっ、あっ……うん!!」
迫る魔騎士の迫力に、しりもちをついていたメグが、ようやく立ち上がる。
今こそ、魔術師の出番だ。
彼女の本来の魔法の火力がどれほどのものかはわからない。
けれど、前衛2人がギリギリの戦いをしている中、状況を打開できるのは、魔術師であるメグしかいない。
「今度こそ……!!」
メグが、魔力を練る。
暗黒騎士戦での失敗から、威力を上昇させるために、今度は、自分の限界近くまで魔力を練っている。
だけど、それは、魔術師としては自殺行為だ。
「メグさん! ダメです!!」
「エクスプロージョン!!」
静止の声は間に合わず、彼女は、自分のコントロールできる範囲を超えた魔力を込めて、魔法を発動した。
結果、どうなったか……。
「ぐあっ!?」
「くっ!!」
拡散した爆発が、フロアの至る所で、炸裂した。
ボスの近くで戦っていたリオンとセシリアさんは、予想もしてなかった場所からの爆発をまともに食らう形となった。
同じく魔騎士もその爆発のいくつかを受けてはいるが、散発的だったために、致命的なダメージには至っていない。
つまるところ、完全な自爆である。
「あ、ああ……」
状況は最悪だった。
膝をつくリオンとセシリアさん。
特にセシリアさんのダメージは思った以上に大きく、腹部の辺りを押さえて、苦しそうに蹲っている。
魔法を放った当の本人であるメグは、急激な魔法力の消耗により失神。
ヴェスパも、爆発により吹き飛んだ柱のかけらが直撃して、気を失っている。
「く、まだだ……!」
そんな中、リオンだけは、殺意の籠もった瞳で、迫りくる魔騎士をにらみつけていた。
「エリゼ! 回復を!!」
「……っ!」
魔法による傷の治療を求めてくるリオン。
だが、私は躊躇した。
確かに、私の魔法なら、この場にいる全員を一気にヒールすることもできる。
でも、例え回復できたとして、いったいどうなるのだろうか。
気絶したヴェスパとメグはもう戦線復帰できない。できたとしても、戦力にならない。
リオンはすでに、魔力が枯渇しかけているし、パーティーの主戦力として常に全力での戦闘を余儀なくされているセシリアさんも、これ以上いつまで固有スキルが保つかはわからない。
その上、いつの間にか、周囲にはボスが呼び寄せたであろう暗黒騎士達がこちらににじり寄って来ている。
これ以上、無理に戦ったところで、勝機があるとは思えない。
「早く!!」
焦りと苛立ちから声に怒気が籠るリオン。
その声を聞いて、かえって冷静になった私は決断を下した。
胸元から、手に収まるくらいの青い水晶を取り出し、砕く。
次の瞬間。
「あっ……」
リオンの呆然とした声。
青い光に包まれたと思った私達は、一瞬後、赤い絨毯の上に、座り込んでいた。
目の前には大きなステンドグラス。
そう、ここは、街にある教会だった。
「おお、こんな時間に冒険者か……」
祭壇に立っていた人物が、錫杖を鳴らして、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その顔には、見覚えがあった。
「司祭様……。このような時間に申し訳ありません」
「おや、聖女殿じゃないか」
長いあごひげを蓄えた福々しい司祭様は、そのひげを撫でながら、柔らかく笑いかけた。
先ほどまで、魔物との死闘を繰り広げ、昂っていた心が、少しほころんでくるような思いだ。
「あなたのパーティーが逃げ帰ってくるとは、聖塔の攻略以来じゃないか。今度はどんな難しいダンジョンを?」
「いえ……ただの上級ダンジョンです」
そう答えた私の声を、リオンは、虚空を見つめ、拳を震わせながら聞いていた。
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