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022.精霊術士、街に帰る

「お前ら、早く攻略終えすぎだろ……」


 ダンジョンから街へと戻る馬車の中、御者台で馬を操りながら、マネージャーさんが困ったような表情でそう言った。


「はぁ、予定時間よりもかなり巻いちまったから、放送局、怒ってないといいんだが……」

「大丈夫よ、マネージャー。普段のライブと違って、攻略動画の配信は、ある程度、時間のマージンしっかり取ってるはずだから、その辺は、気にしなくても、あっちが上手くやってくれてるはず」

「本当か?」

「本当、本当。それに、ライブまでしたんだから、むしろ、放送局的には、ありがたがってるんじゃないかしら」


 そう、ボスを倒し、宝箱開封の儀を行った時の事だ。

 獲得したアイテムが、大したことのない、並の魔力回復アイテムだとわかった瞬間、撮れ高を気にしたチェルは、なんとその場で、緊急生ライブを開始したのだ。

 自前の音響水晶(メロスフィア)で、バックミュージックを流しつつ、一曲丸々歌って踊ってみせたチェル。

 その機転は、さすがにアイドルといったところで、おそらく、視聴者も大いに盛り上がっていたに違いない。

 それにしても、ボスフロアで、ライブしたアイドルなんて、まず、間違いなくチェルが初めてだろうなぁ。

 と、その後も、あれやこれやと、チェルとマネージャーが仕事の話をしているうちに、馬車はいよいよ街の近くまでやってきた。


「し、師匠。あ、あれ、なんですかね……?」


 コロモがそう言って、指差した先は、街の入り口のあたりだった。

 僕らの街は、魔物からの侵入を阻むため、石壁が周囲に張り巡らされ、特定の場所からしか入ることができないのだが、その入り口の部分に、たくさんの人が並んでいたのだ。


「なんだろう。何か催し物でもあったっけ?」

「ああ、たぶん、私達のファンじゃないかしら」

『えっ!?』


 あの並んでいる人が全員、ファン?

 いや、確かに、チェルの人気ならそれも頷けるが……。


「生放送を見てくれてた人たちが、私達に一目会おうと、並んでるのよ。街の入り口なら、確実に通るしね」

「な、なるほど……」

「で、でも、どうしましょう……!」

「私達が出て行ったら、パニックになっちゃいそうだしね。ファンの人には悪いけど、ここはスルーさせてもらいましょうか。ノル」

「えっ……? あ、精霊術か……」


 僕はふわふわと漂い、ついて来るアリエルを確認すると、精霊語をぼそりとつぶやく。

 今回使うのは、光の屈折を利用して、自分たちの姿を消す精霊術だ。

 晴天の屋外でないと使えない精霊術なので、ダンジョンではあまり使う機会がないのだが、こんな時は役に立つ。

 おまけに、周囲に真空の空間を作り出し、音すらも、漏れないようにした。


「これで、気づかれないとは思うけど」

「さすがよ。ノル」


 パチンとウインクをするチェル。

 うーん、チェルさん、僕の能力を本当に便利に使い出したな。

 そんなこんなで、透明状態の馬車は、入り口の近くに並んでいる人々をスルーし、街の中へと入った……のだが。


「マネージャー、ちょっとストップ」


 突然、馬車を制止させたチェルは、あろうことか幌の中から、飛び出した。


「お、おい……!」

「みんなー!! 今日は、応援ありがとう!!」


 大声で叫ぶチェル。

 街の外の方を眺めつつ、今か今かと、チェルの帰りを待っていた人々が、こちらへと一斉に振り返った。


「また、次の配信も期待しててね!! じゃあ!!」


 それだけ言うと、再び、チェルは透明化した馬車に飛び乗った。

 直後に、ファンたちの大きな声が響く。


「マネージャー!! 急いで、ゴー!!」

「まったく!! ファンサービスもほどほどにな!!」


 慌てて馬車を走らせるマネージャーさん。


「な、なんていうか、改めて、凄い人ですね……」


 しみじみと言うコロモに、僕も同意せずにはいられない。


「やれやれ」


 これからも、まだまだ、彼女に振り回されそうだが、なんだか、悪い気はしなかった。




 時刻は夜になっていた。

 陽炎の孤城の攻略を開始してから、すでに半日以上が経過していた。

 私を含め、仲間達の体力はすでに限界が近い。

 特に、前衛の2人。

 リオンと、新しく入ったばかりのセシリアさんの負担はすさまじく、顔にも色濃い疲労が見て取れた。

 体力自体は、魔法で何度か回復しているが、精神的な疲労までは、私も癒すことはできない。

 私も、魔力には、まだまだ、余裕こそあるものの、他のメンバー同様、精神的にはかなり参っていた。

 戦闘でも、探索でも、今日はまるで活躍できていないヴェスパとメグもそれは同じで、背中を合わせて、地面に座り込んでいるような始末だ。

 正直言って、ギリギリの状態。普通のパーティーなら、有無を言わさず、ダンジョンからの離脱を決めるような段階だ。

 でも、リーダーであるリオンは、まだ、ボスを攻略する気持ちでいた。


「お前達、さっさと立て」

「と、とは言ってもよ。大将……」

「わ、私も、もう……」


 いつもはリオンにだけは逆らうことのないヴェスパとメグも、疲労からか、さすがに立ち上がることができていない。


「リオン、やはりこのまま、ボスと戦うのは……」

「大丈夫だ」


 リオンはどこか、血走った眼で、ボス部屋の方へと視線を向ける。


「俺は、魔物などに負けはしない」

「でも、リオン……」

「勇者リオンよ」


 声をかけたのは、それまでパーティーメンバーの様子を静観していたセシリアさんだった。


「私も、聖女エリゼと同意見だ。貴公の実力は認めるが、今の状態で、ボスと戦うのは、賢明ではない」

「賢明かどうかなど関係ない。どんな状態だろうが、ボスを打ち倒し、ダンジョンを攻略するのが勇者だ。俺は……」


 苛立たし気に、リオンは言った。


「精霊術士などとは、違う!!」


 ああ、リオン。

 あなたは、やっぱり……。


「お前たちは、そこで、待っていろ。俺が、1人でボスを討伐すれば済むことだ」


 マントを翻し、一人で、歩み出すリオン。


「…………仕方あるまい」


 どこか諦めような表情のセシリアさんが、その後に続く。

 ヴェスパとメグも、さすがに、リオン1人だけで行かせるわけにはいかないと思ったのか、よろよろと立ち上がり、歩み出した。


「…………ノル」


 リオンの背中を見つめながら、私は、すがるような思いで、大好きな幼馴染の名前を呟いていた。

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