021.精霊術士、弱点を突く
「辿り着いたわね」
チェルを先頭に、僕たちは、森の中の特別拓けた場所へとやってきていた。
今までの迷路じみた密林とは異なり、かなりの広さがある。漂う瘴気も濃い。
「随分、あっさり来れてしまいましたね……」
「だって、ノエルが全部道案内してくれたし」
「まあ、こういうのは得意だから」
アリエルがいれば、ダンジョンをある程度俯瞰することなど、容易い。
今回のようなフィールド型のダンジョンならなおさらだ。
分かれ道のどちらが正しい道かもわかれば、宝箱の在りかだってわかる。
暁の翼にいた頃も、探知スキルと称して、棒が倒れた方向に進もうとするヴェスパに、アリエルを使って、正しい方向に棒を倒させていたんだよなぁ。
リオン達、今頃、困っていないといいけど……。
あ、いや、昔のパーティーの事なんて、考えている場合じゃない。
ゆっくりと歩を進めると、やがて、その中央に聳え立つ、巨大な針葉樹が目に入った。
他の木々よりも数倍は太い幹を持つ、その大木に、周囲の瘴気が集中していく。
「さあ、来るよ!」
警戒を促した次の瞬間、目の前の大樹が蠢いた。
枝葉が鋭く尖り、幹には気持ちの悪い瞳がぎょろりと瞼を開ける。
そう、あの大木こそが、このダンジョンのボスモンスター、悪魔の大樹だ。
変幻自在に伸び縮みする蔓で、冒険者達を拘束し、鋭い枝を伸ばして突き刺すという戦法を得意とする魔物。
タフネスもかなりのものがあり、弱点をつけなければ、長期戦は必至だ。
同時に、周囲の森から、まるでボスを二回りほど小さくしたような魔物達が這い出してきた。
こちらの小型の魔物は、一か所にドンと構えたボスとは違い、根を足のように蠢かせ、こちらを取り囲むように向かってきている。
下位の魔物による包囲網、ボス部屋ではよくある仕掛けだ。
「雑魚は、僕が引き受ける。2人はボスに集中!」
「ええ!!」
「わかりました!!」
ボスさえ倒せば、他の雑魚達もすべて瘴気へと還る。
本来、タフネスの高いこのボス相手に、短期決戦を挑むのは悪手だが、僕達パーティーなら、それができる。
「極光の歌姫の力、しっかりみんなに見せつけてやるわよ!!」
さあ、戦闘開始だ。
チェルが、最初の攻略に、この中級ダンジョンを選んだのは、僕たちの戦闘スタイルが、このダンジョンに非常に適していたからだ。
それは、ボスを相手にしても、例外じゃない。
樹木をベースにした魔物であるこいつは、火を使った攻撃に非常に弱い。
コロモの全力を込めたファイヤーボールであれば、タフネスに優れたこいつでも、仕留めることは容易。
あとは、いかに、その時間を稼げるかだ。
すぐさま、高密度の魔力を練り出したコロモの様子を確認すると、僕は精霊術を使う。
「アールゥ・ペル・ラチセ」
瞬間、フロアの周囲の空気が凝固した。
アリエルは風の大精霊。
激しく風を拭き荒らすこともできれば、その逆で、大気そのものを固めてしまうようなこともできる。
ボスフロアの外周を囲むように、空気を固めると、周囲の雑魚どもは、そのまとわりつくような重い空気に阻まれ、こちらへ向かって来るスピードが一気に緩やかになった。
これで時間稼ぎは十分。
その間に、ボスは、蔓や枝を伸ばして、こちらへと攻撃を開始した。
おそらく、ボスも、魔術師であるコロモを警戒しているのだろう。
彼女の元に集中的に殺到した鋭利な枝の先端は、だが、すべて、その前に立つ、チェルによって斬り落とされた。
「グォオオオオオオッ!?」
「いくらでも来なさい! 全部斬り落としてやるわ!!」
凛々しく見栄を切るチェル。
ああ、これは、また、ファンが増えそうだなぁ。
おっと、集中集中。
「師匠!」
限界まで、魔力を練り上げたコロモが、僕へと視線を向けた。
「ああ、放て!」
「はい! ファイヤーボール!!!」
杖の先端に太陽と見間違うような大火球が発生したかと思うと、コロモはそれを上空へと放つ。
すべての制御を無視し、とにかく威力だけを追求したこのファイヤーボールは、雑魚に対して放っていたような、スピードのある投擲はできない。
それをサポートするのが、僕の仕事だ。
「アー・セルゥラーチ・オーヌル」
頭上に浮かんだ火球をアリエルの力を持って加速させる。
迎撃しようと、悪魔の大樹はありったけの蔓や枝を差し向けるが、その全てが、火球に触れた瞬間、炭へと変わっていく。
「いっけぇえええええええ!!!」
チェルの叫びと共に、火球は大樹の本体へと直撃した。
「グォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
咆哮を上げるボス。
着弾の瞬間、大量の空気を送り込むことで、さらに火力を上昇させる。
1分も経つ頃には、ボスの巨体は、真っ黒な炭へと変わっていた。
周囲の雑魚も、ボスが倒れた瞬間、瘴気へと還っていく。
その時、まるで、示し合わせたかの如く、曇天だった空が晴れ、光が、僕たちの周囲へと差し込んだ。
チェルが、ブロードソードを天へと振り上げる。
「極光の歌姫!! 迷霧の密林の攻略完了よ!!」
映像水晶に向けて、そう宣言するチェルの姿に、カメラの向こうの視聴者たちが、歓声を上げたのが、聞こえた気がした僕だった。
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