014.精霊術士と極光の歌姫
「うぉおおおおおおお、チェルシーちゃーーーーーーん!!」
「今日もチェルっと可愛いぜぇ!!!」
ステージにチェルが出てきた途端、大きく歓声が上がる。
関係者席で、その様子を眺めながら、僕とコロモも一緒になって拳を振り上げていた。
コロモを仲間に入れたあの日から、3日の時が過ぎていた。
事務所にて、僕が本当は男だということや、チェルが人気アイドル、チェルシーであることを知ったコロモは最初は大きく戸惑っていたようだったが、自分を必要としてくれた2人と一緒に冒険がしたい、という本人のたっての希望で、正式にパーティーの一員となることになった。
そんなわけで、今日はいよいよ、僕とコロモのお披露目というわけだ。
ライブの最後に、チェルが冒険者としても活動するということを報告するとともに、僕とコロモはその仲間として、紹介される予定だ。
僕は、今までも、一応は、Sランクパーティーのメンバーとして、ある程度は、こういった公の場に出ることも慣れているのだが、当然、養成学校を卒業したばかりのコロモにはそんな経験あるはずもなく。結果、今にも倒れてしまうんじゃないかというくらい緊張していた。
まあ、僕も正直、平気な風に装ってはいるが、内心心臓がバクバクいっている。
なにせ、今日の僕は女装姿だ。
恰好も、町娘風だった前回とは違い、少しロリータ風のフリフリの衣装を着ている。
最初の印象が大事、ということで、チェルとマネージャーさんが協議した結果、こんな格好をさせられていた。
髪型は幼女がするようなツインテールだ。
恰好だけ見れば、たしかに、僕はかわいいの権化といってもいいかもしれない。
だが、ベースはあくまで僕だ。
この3日で、女の子の立ち振る舞いをマネージャーさんからガッツリ仕込まれた僕だが、ボロが出ないとは言い切れない。
そもそもが、ビジュアル的な面でも、本当に女の子に見えているのか、不安がある。
もし、僕が男だとバレてしまえば、チェルのイメージダウンに加え、僕の人生もバッドエンドになるのは、想像に難くない。
大丈夫だよな……。一応、マネージャーさんからお墨付きもらったし……。
不安を抱えながらも、表面上は平静を保っていると、端でライブの様子を見守っていたマネージャーさんから、ステージ裏に行くように、指で促された。
「コロモ、出番みたいだ」
「は、はい……!!」
もうここまで来たら、腹をくくるほかない。
震える膝を手で押さえるように立ち上がると、僕は、コロモの手を引いて、ステージ裏へと移動した。
「はぁはぁ……みんな!! 今日も、私のライブを最後まで聴いてくれて、ありがとう!!」
『うぉおおおおおおおおおおおおっ!!』
「実はね。今日はみんなに、重大発表があるの!!」
チェルの言葉に、会場中がにわかにざわつき出す。
アイドルからの重大発表。ファンたちの間では、おそらく期待と不安の二律背反な気持ちが漂っていることだろう。
それすらも楽しむように、じっくりと間を取ったチェルが、いよいよ大きく口を開く。
「私ね! 冒険者になる!!」
『えぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!』
ファンたちの戸惑いの声。
「でも、安心して! アイドルを止めるつもりはないから! 私は、これから、アイドルと冒険者、2つのジャンルで活動していくわ!」
その言葉にファンたちからホッとしたような声が漏れるが、すぐに、また、ざわつき出す。
当然だろう。
アイドルをやりながら、冒険者もするなんて、前代未聞だ。
その上、冒険者というのは危険を伴う職種でもある。
今の時代、転移結晶のおかげで、冒険者の死亡率というのはかなり低下したといえるが、未だに、危険な職業であるというイメージは根強く残っている。
ファンの中にも、チェルの事を心配する輩がいるのも、当然のことと言えた。
気持ちの整理がまだ、できていないだろうファンに向けて、チェルは畳みかけるように口を開く。
「今から、私の冒険者仲間を紹介するわ!! ノエル! コロモ!!」
さあ、いよいよ出番だ。
演出として、ステージ上に濃いスモークがたかれる。
暗転したその上で、リハーサル通りに、僕とコロモはチェルの両サイドへと立った。
スモークが少しずつ晴れてくると共に、僕たちの上に、照明の煌々としたした灯りが降りそそいだ。
そして、チェルが大きな声で、名を呼ぶ。
「精霊術士ノエル!!」
僕はくるりと一回転し、右手を構える。
「魔術師コロモ!!」
コロモはマントを翻しながら、杖を構えた。
「そして……」
どこからかマネージャーさんが投げ渡したブロードソードをチェルが回転させながら、見栄を切る。
「剣士チェルシー!!」
名乗った瞬間、後方で爆発が起こった。
リ、リハーサルより火薬多いな……。
赤と青と黄色の噴煙がもくもくと上がる。
「私達、【極光の歌姫】は、これから冒険者パーティーとしてダンジョンの攻略をしていくわ!! みんな、応援してね!!」
剣を構えながら、アイドルスマイルで、そう宣言するチェルシー。
一瞬、ポカーンとしていた観客達から、一斉に歓声が沸き上がった。
「う、受けてる……?」
「と、とりあえずは、成功……かな」
ポーズを崩さずに、僕とコロモは小声でそんなやりとりをしたのだった。
さて、その後、しばらくの間、メディアは、チェルシーの唐突な冒険者活動宣言一色となった。
チェルは、元々、街一番のアイドルだったから、注目度も高い。
映像水晶で放送されているライブの最後に発表されたということも大きかった。
あれだけ、演出過多で発表されたのだから、当然と言えば当然の結果だ。
「いやぁ、上手くいったわね!」
事務所のソファにふんぞり返りながら、チェルが恵比須顔でほほほっ、と笑っている。
「ああ、メディアやファンの意見もわりあい好意的だ。チェルの新しい門出を応援したいって輩が大多数みたいだな」
マネージャーさんもなんだか満足げだ。
元々、チェルはアイドルとしても、たった1年で頂点へと上り詰めた稀有な逸材だった。
当然カリスマ性も高く、なんだかわからないけど、彼女がやることなら面白そうだと捉えてくれた人が多かったようだ。
「アイドル風情が、冒険者なんて……っていう批判的な意見もあるにはあるが、その辺りは、今後実力で黙らしていきゃいいだろ」
「そうですね」
「ちなみによ。ノル。お前さんの評判も上々だぞ」
「えっ……?」
僕の評判?
「めちゃくちゃ可愛いってよ。その辺、歩いてても、あの美少女は誰だ、って大きな話題になってるよ」
「マ、マジすか……」
いや、ノルだとバレてなくて良かったといえば、良かったのだが、こんなに受け入れられるとは予想してなかった。
「コロモの方も話題になってる。こっちは、主に身体的な特徴の方でだが」
「身体的な特徴……」
その言葉を聞いた途端、コロモが自分の胸を腕で隠した。
うん、これは、仕方ない……。
「なんにせよ。滑り出しは悪くないどころか、最高に近い」
「当然よ。全部、私のプラン通り!」
チェルさんの鼻伸びっぱなしですね。
けれど、僕は自分たちの門出を祝う気持ちと同時に、流れている映像水晶のニュースに映るもう一つの関心事に気を取られていた。
そのニュースとは、戦乙女セシリアがついに暁の翼と合流し、今月末にも、いよいよ聖塔の攻略にチャレンジするというニュースだった。
僕が抜けたパーティーがどうなるか……気にしないでいるつもりでも、どうしても、気にしてしまう自分がいた。
と、そんな僕の様子に気づいたのか、チェルが勢いをつけて、椅子から立ち上がると声を上げた。
「さあ、自己紹介がばっちり決まったところで、いよいよ、本格的なダンジョンの攻略よ」
「どこか、目星をつけてるのか?」
「もちのろん!」
彼女は、一枚の羊皮紙を机の上にバンと叩きつける。
そこに描かれていたのは、霧深く立ち込める森の奥深く。
「私達、極光の歌姫のデビュー戦の舞台は『迷霧の密林』。いきなりの中級ダンジョン攻略で、さらに話題をかっさらうわよ!!」
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