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013.精霊術士と落ちこぼれ魔術師

「ぜ、全力で……ですか?」

「うん」


 おそらくだが、コロモさんには、魔法はコントロールしなければならないもの、という強い刷り込みが存在するのだろう。

 また、その魔力の練り方から、基礎にとにかく忠実なことも伺える。


「制御とか一切考えずに、とにかく全力で魔力を込めて、魔法を放ってみてよ」

「えっ、でも、そんなことしたら……」


 躊躇する気持ちはわかる。

 魔術系の職業(クラス)持ちにとって、魔力の暴発とは、パーティーを危険に晒す可能性のあるもっとも恐ろしい行為だ。

 だから、魔術系の教本などでは、基本的に、魔法というのは、全力で打ち込むのではなく、自分のコントロールできる範囲を超えないように、小さめに放つということがセオリーとして書かれている。

 真面目で、ルールを守る意識の強そうなコロモさんが、戸惑うのも当然だろう。

 だけど、これにはきちんと意図がある。


「大丈夫。仮に、暴発したとしても、僕が精霊術でなんとかするから」

「わ、わかりました。師匠がそう言って下さるなら……」


 ごくりと、唾を飲み込むと、コロモさんは、杖を構えた。

 そうして、自身の魔力を練り込む。

 先ほどまでの基礎に忠実な丁寧な練りとは違い、多少の制御は犠牲にして、全力で魔力を練り上げていく。

 身体から赤い魔力が燐光となって迸る。

 うん、彼女、魔力量もなかなかのものじゃないか。


「あ、あれ……」


 そうしているうちに、どうやら彼女は自分で気づいた。

 視線を向ける彼女に、僕は、うん、と小さく頷く。

 彼女は、全力で魔力を練り続け、やがて、それを天空に向けて放った。


「ファイヤーボール!!」


 先ほどとは比較にならないほどの業火が、空気を焼くようにして周囲に熱を放つ。

 明らかに駆け出し冒険者のそれじゃない。

 下手をしたらAクラスの冒険者にすら匹敵するほどの大火球だ。

 彼女の手で放たれたファイヤーボールはやがて、地面に落ちていく。

 おっと、さすがにアレを草原に落としたら、ちょっと被害が出ちゃうな。


「サー・ラチエッオーチ」


 助燃性のある周囲の酸素を枯渇させ、火球をかき消しておく。

 わずかに残った火の粉が風に溶けるのを眺めつつ、コロモさんは、パクパクと何度も口を開いたり閉じたりしていた。


「い、今の……」

「うん、凄いファイヤーボールだったね」


 にっこりと微笑みかけてやると、ようやくコロモさんは、こちらへと視線を向けた。

 その視線から、説明を求めているのを感じ取ると、僕は話し始めた。


「僕なりに考えたんだけどさ。きっと、君は、ユニークスキルによって、【ファイヤーボール】という魔法に特化した体質になってしまってるんだ」

「ファイヤーボールに……特化……」

「うん、だから、ファイヤーボールしか使えないけれど、逆に言えば、どんなに過剰に魔力を込めようが、雑に魔力を練ろうが、ファイヤーボールだけは絶対に成功する」

「そ、そんなこと……。いや、でも、本当に……」


 戸惑ったように、彼女が自分の両手に流れる魔力を見つめている。

 そりゃあ、いきなり高位冒険者レベルの魔法の威力が出たら、びっくりするよね。


「だから、君はファイヤーボールのスペシャリストっていうわけ」

「で、でも、じゃあ、他の魔法は……」

「うん、はっきり言ってしまうと、たぶん使えない……かな」


 ファイヤーボールに魔力の指向性が固定化してしまっている以上、おそらく他の魔法を扱うのは至難の業だろう。

 それほどに、ユニークスキルの性質というのは絶対的なものだ。


「そう……ですか……」


 にわかに落ち込んだ様子の彼女。

 だけど、僕はそんな彼女のうつむいた頭を軽く撫でた。


「あっ……」

「落ち込むことはないよ。それって、魔術師としては凄い才能だから」

「すごい……才能……」

「うん。だって、初心者なのに、もう、高レベル冒険者と同じくらいの威力の魔法が打てるんだよ。素直に自分を誇っていい」

「で、でも……」

「確かに、色々な魔法を使える魔術師っていうのは、有能かもしれない。でも、冒険者っていうのは、できないことはパーティーで助け合える。だから、君は君のできることを、ひたすら磨いていけばいいと思う」


 僕と違って、彼女は見た目も可愛らしいし、炎系の魔法は、攻略動画でも映えるので、きっと、その実力さえわかれば、引く手あまただろう。


「そっか……。私は……今のままで……」


 コロモの瞳から、一筋涙が流れた。

 きっと、必要以上に、自分がたった一つの魔法しか使えないことにコンプレックスを感じていたのだろう。

 冒険者養成学校は、競争社会の縮図とも聞く。

 できる者は上に行き、できない者は虐げられる。

 きっと、彼女は、これまでいろんな人たちに、不当な評価を受けていたんだろう。

 その辛い気持ちは、僕にも、よくわかった。

 だからこそ、そんな彼女を僕は全力で肯定してあげたい。

 ひとしきりすすり泣いたコロモさんは、やがて、涙を拭うと、赤く腫らした瞳で、こちらへと顔を上げた。


「す、すみません……」

「ううん。気持ちはよく、わかるから」

「師匠は、本当に素敵な方ですね……」


 感情が昂っているのか、コロモの頬は赤く染まっていた。


「うん、決めた」


 その時だった。

 今まで、僕とコロモさんのやり取りを見守っていたチェルが、ポンと手を叩いた。


「ねえ、あなた。うちのパーティーに入らない?」

「………………えっ!?」


 心底、驚いたような表情で、チェルへと視線を向けるコロモさん。


「ビジュアルが良くて、一芸に秀でた人材が欲しかったのよ。あなた、顔立ちも可愛いし、それに、ちゃんとノエルの価値をわかってるみたいだしね」


 チェルがにやにやした表情で、こちらを見てくる。

 うん、まあ、師匠と呼ばれるのは、正直、悪くない気分だよ。

 

「で、でも、私なんかで……」

「あなたが良いのよ。こんな人材と出会えるなんて、なかなか幸先が良いわ!」


 チェルは一人で、今後の展望を思い描いているのか、空を見ながら、トリップしだした。

 そんな暴走気味のチェルの様子を眺める僕とコロモさん。


「ほ、本当に、いいんでしょうか……?」

「うん、僕も、君とパーティが組めるなら嬉しいよ」

「し、師匠……」


 彼女はポーッとした表情で、僕を見つめていた。

 あれ、僕、何か、また、余計なこと言っちゃったかな。


「あー、でも、うちって、"かなり"特殊なパーティだから、コロモさんの方が納得するかどうか……」

「特殊?」

「その、僕も、実は……。あ、いや、それは追々話すよ」

「さあ、ノエル! コロモ! 事務所に戻って、さっそく作戦会議よ! 面白くなってきたわ!!」

「うわっ!!」


 チェルに手を引っ張られる形で、僕とコロモは草原を街に向かって駆け下りていく。

 つながった温かい手のひらの感触に、僕は、冒険者になったあの頃と同じ、熱い高揚感を感じ始めていたのだった。

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