123.精霊術士と新たなる旅立ち
白亜の聖塔攻略から2か月が過ぎた。
僕ら、極光の歌姫のメンバーとマネージャーさんは、王都に集まっていた。
全員が、フォーマルなドレス姿に身を包んでいる。
そう、今日は、いよいよ、侯爵様とチェルの結婚式が行われる日だった。
王都の大聖堂へと招かれた僕らは、他の参列者と同じく、式場の席に座って、新郎新婦の登場を今か今かと待っていた。
そうして、扉が開かれる。
絢爛な衣装を着た楽器隊の演奏に合わせて、純白の花嫁衣裳を身に纏ったチェルが現れた。
その横には、どこかチェルに似た壮年の美男子──チェルの父親が立っている。
赤い絨毯の敷かれたバージンロードを父親と腕を組んで、ゆっくりと歩き出したチェル。
誰もが、その美しい姿に拍手を送る。
その中には、暁の翼や蒼鷹の爪の面々、カングゥさんやクーリエさんの姿もあった。
レッドカーペットの先には、新郎である40過ぎの伯爵様の姿。
腹の出たおっさんそのものの姿は、とても、美しいチェルに釣り合うようには見えない。
だが、彼女は、彼と結婚する。
自分の家と、家族、そして、男爵領に住むたくさんの人々を救うために。
…………その予定だった。
「ちょっと待ったぁ!!」
新郎である侯爵様と新婦であるチェルが、指輪の交換を終え、誓いのキスをしようと、ベールが上げられた瞬間だった。
ぬいエルを抱いた僕は、レッドカーペットの中央へと飛び出した。
にわかにざわつき出す式場内に、僕の声が響き渡る。
「チェルは、みんなのアイドルだ!! 悪いけど、一人に独占させたりはできない!!」
「貴様、何をしている!!」
式場警備の騎士達が、僕を排除しようとやってくる。
「おっと、俺のノエルちゃんに手出しはさせないぜ」
「お前のではない。チェルシーと同様、ノエルもみんなのアイドルなのだからな」
「はぁ、私はクビ確定ですねぇ」
「いいじゃん、カングゥ。コーラル領に人手が必要みたいだから、そっちならいくらでも雇ってくれるってぇ~」
「ああ、その案はいいですね」
他愛無い話をしながら、聖塔攻略にも協力してくれたみんなが、その騎士達を止めてくれている。
その間に、僕は、一息に、チェルに駆け寄ると、右手を突き出した。
「き、貴様、何を……!!」
「さあ、チェル、行こう!!」
それまでの新婦然としたおとなし気な表情から、いつものニヤリとした表情へとチェルの顔付きが変わっていく。
「ええ、私の王子様!!」
薬指にはめられた指輪を外し、高々と放り投げるチェル。
そうして、僕の手を取ると、2人でレッドカーペットを逆走する。
たくさんの仲間達と視線が合う。
誰もが笑っていた。
いや、良く見ると、警備を担当しているはずの騎士達ですら笑っている。
誰も本気で、僕らを捕らえようとは思っていない。
そう、これは予定調和だ。
あの日、聖塔を攻略する前日に、王都に残った僕は、メロキュアさんの伝手で、国王様への謁見を許された。
そして、約束を取り付けた。
聖塔を攻略して得た富を、国のために使うことを約束すれば、チェルと侯爵様の結婚の破談に協力してくれると。
元々、好色家な侯爵様にお灸を据えたい気持ちのあった国王様は、僕との約束をきちんと守ってくれた、というわけだ。
呆然と僕らの背を眺める侯爵様をしり目に、僕とチェル、そして、仲間達は式場の外へと駆け出して行った。
外に出ると、翡翠色の光が僕らを照らした。
天空にかける美しいオーロラ。|"歌姫の極光"《オーロラ オブ ディーヴァ》と呼ばれるようになったこの現象は、世界中に魔力による強固なパスを形成した。
それによって、もたらされたことは、映像水晶や魔力通信のグローバル化。
ほんの2か月の間に、映像水晶による生放送は、白亜の聖塔のある自由都市からかなりの距離がある王都でも、観ることができるようになっていた。
メロキュアさんの話では、環境さえ整備できれば、これからは、世界中のどこでも、映像水晶や魔力通信によるネットワークが構築できるようになったということだ。
また、この極光を解析し、技術開発が進めば、遠くの街と街を一瞬で移動できるような、そんなことさえ可能になるかもしれないらしい。
とにかく、僕らの聖塔攻略がもたらしたこの新たな自然現象は、これからの世界の在り方を大きく変えるものになったのは間違いないということだった。
そして、その変革の兆しは、すでに、一部の地域でもたらされていた。
「まさか、チェルの親父さんの治めるコーラル領が、転送装置の実験場所として選ばれるとはね」
女神様の遊び心か、はたまた、チェルの運命を知った女神様が意図的にそうしてくれたのかはわからない。
だが、世界で一番頻繁に"歌姫の極光"が現れる土地となったコーラル領は、転移装置実験における最高の立地にある土地ということなり、国から多額の開発援助を受ける事になった。
領自体が、国に接収されてしまう可能性もあるにはあったが、そこは、世界の変革をもたらした極光の歌姫のリーダー、チェルの父が治める土地ということで、国もさすがにそれは憚られたようだ。
むしろ、世界的な人気を誇るようになったチェルを、国威高揚の旗頭にする方が、利が大きいと判断したのだろう。
結果として、コーラル男爵は、国からの陞爵を受け、なんと侯爵様と同等の爵位を与えられることになった。
もはや侯爵様からの援助も必要がなくなり、チェルの人気を利用したい国からの援護射撃もあり、婚約は見事破談という流れになった、というわけだ。
知らぬは当の侯爵様のみ。さすがに、国王の命となれば、侯爵様も、コーラル領にちょっかいをかけたりもできないだろう。
「さて、晴れて自由の身になったことだし、みんな、覚悟はできてるわね」
「ああ、もちろん!」
仲間達も「うん」と頷き合う。
世界には、白亜の聖塔の他にも、神域級のダンジョンが存在する。
次に、チェルがターゲットとして定めたのは、紺碧の聖宮。
遥か、南の大陸にあるダンジョンだ。
僕らは、そのダンジョンへと挑戦する計画を立てていた。
「次も頑張らなきゃね」
「ああ、でも、その前に」
「うん、まずは」
「大陸を巡っての聖塔攻略凱旋ライブツアー!! 私達の、"かわいさ"と歌声で、世界をもっと盛り上げてやりましょう!!」
僕達は、駆ける。
そんな僕達に温かな追い風を運ぶ、アリエル。
そして、降り注ぐ、どこまでも続く極光の空。
絆が繋ぐ世界の果て。
僕らは、そこを目指して、これからもひたすら"かわいく"歌い続けるとしよう。
「かわいい"は最強です♪~勇者パーティーにクビを宣告された精霊術士、完全無欠の美少女アイドルになって、ダンジョンの頂を目指します~」はこれにて完結になります。
最後まで、お付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。
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「機巧人形<ガランドール>~整備を担当していたチームから追放された機巧技師ですが、最高の操縦士と魔導士が揃ったので、最強の人型メカを作ってみようと思います~」
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