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122/123

122.精霊術士、聖塔の頂へと至る

 白の魔王がその姿を光へと変えた瞬間、たくさんの歓声が、塔全体を包み込むように響いた。

 同時に、魔王が現れた場所である、フロアの中央の床が音を立ててせり上がる。

 翡翠色のオーロラのかかる遥か天空をつんざくように伸びたそれこそが、60層へと至るための、螺旋状の階段だった。

 僕らは、ゆっくりと頷き合う。

 チェルを先頭に僕らは、その階段を一歩一歩昇り出した。

 一周するごとに、どんどん高さが上がり、やがて、白亜の聖塔の外壁の縁すらも超えた場所へと僕らは昇っていく。

 どれくらい昇っていたのか、やがて、僕達は、階段の果てへとたどり着いていた。


「ここが……」


 聖塔の頂、そこには、見渡す限りの遥かな大地が広がっていた。

 全ての壁が取り払われた天空の踊り場。

 もはや大陸の形すらもわかるほどの、圧倒的な高所の最中にあって、僕らの胸は、これまでにないほどの高揚感に満ちていた。

 そして、そのフロアの中央。

 他のフロアであれば、ボスの瘴気が集まっていたその場所に、巨大な映像水晶(パルスフィア)のようなものがポツリと浮かんでいた。

 それは、まるで、世界そのもののようだった。

 青は海、茶は陸、そして、緑は森や山々だろうか。

 僕らの住む世界そのものを模したかのような球状の水晶だけが、目の前に鎮座していたのだ。


「これは、いったい……」

『冒険者、いえ、歌姫達よ。よくぞ、聖塔の頂まで辿り着きました』

「えっ……!?」


 球体のすぐ前、まるで、天空より飛来するかのように、誰かがゆっくりと降りてきた。

 ふわふわと揺蕩う長い髪に月桂樹の冠、心の美しさまでも表すかのような純白の装束。

 ありとあらゆる英雄譚や昔話に登場するような、美しき女神の姿。

 その圧倒的な存在感に、僕らは、それが本物の女神様であると、瞬時に認識せざるを得なかった。

 あまりの出来事に、チェルですら、何も口に出すことができず、ただただ、その輝く姿に見とれている。


『あなた達、いえ、ヒトは、ついに私からの試しを超えることができました。ゆえに、この世界に、新たな祝福を授けます』

「あ、新たな祝福……?」


 女神様の登場に驚く間もなく、矢継ぎ早に、なんだか、とんでもない話を聞かされる僕達。

 世界そのものへの祝福……それっていったい……?

 疑問に思っている暇もなく、女神様が微笑んだその瞬間に変化は起きた。

 聖塔の頭上を覆っていたオーロラ。

 僕らの歌にアリエルの力が反応し、生じたその現象が、遥か空の彼方全てに広がっていく。

 それは、まるで、人々の絆の光が、あまねく大地を照らすかのように感じられた。


『あなた方ヒトと風の大精霊の力により生み出された極光。今、この世界はその光で覆われました。世界は大きく様変わりすることでしょう』

「お、恐れながら女神様!! それは、どういう……」

『私は、この世界に課せられた制限を1つ解き放ったに過ぎません。その意味は、ヒトが自ら見出せばよいでしょう。あの純粋水晶(ピュアスフィア)を与えた時のように』


 10年前、漆黒の十字軍が持ち帰り、メロキュアさんが解析・開発した映像水晶(パルスフィア)は、確かに人々の生活を変えた。

 そして、それが無ければ、僕らはアイドルになることもなく、この聖塔の頂までたどり着くことは決して敵わなかった。

 この空を覆うオーロラが、世界にどんな変化をもたらすかはわからない。

 だけど、それが僕ら次第というのならば、きっと僕らは、それをみんなのために使って見せる。


『それと、もう1つ。あなた達にも、ご褒美を授けなければいけませんね』

「ご、ご褒美……」

『私の力が及ぶ限りで、1つだけ願いを叶えてあげます。莫大な富に、絶対的な権力、ありとあらゆるヒトとしての幸福をあなた方に授けることができます。あなた方は、何を望みますか?』


 女神の問いかけに、4人の視線が、チェルへと集中した。

 何者にも支配されないほどの富。それがあれば、もしかしたら、チェルの領地は救われ、侯爵家に嫁ぐ必要もなくなるかもしれない。

 他にも、女神様の力であれば、人1人の結婚の約束を反故にする手段などいくらでもあるだろう。


「みんな、いいの? 私なんかに願いを託して」

「ああ、僕らをここまで連れて来てくれたのは、チェルだ」

「チェルさんには、私達の代表として、願いを叶える権利があります。だから……」


 コロモの言葉に、みんなはこくりと頷いた。


「ありがとう、みんな。それじゃあ、女神様」


 チェルは、改めて、女神様の方へと向き直った。

 美しき女神と美しき勇者でありアイドル。

 遥かなる天空での景色の最中、2人の美しさの化身とでもいうべき存在の邂逅は、まさに、奇跡のようにさえ思えた。

 そして、チェルは、ゆっくりと口を開く。


「私の願いは……」


 何の気負いもなく、彼女はさも当然のようにこう言った。


「世界の人々に、女神様からの加護をいただくこと、です」

「えっ……!?」


 チェルの言葉に、全員の顔にわずかな動揺が浮かぶ。


『自らの願いを、人々のために使おうというのですか?』

「違います。これは私のための願い。私は、ここまで極光の歌姫ディヴァインディーヴァを支えてくれたみんなに恩返しがしたいんです」

「で、でも、いいんですか。チェルさん、女神様の御力があれば、きっと……」

「そっちは私個人の問題だもの。そんなことよりも、私は、私達を支えてくれたファンのみんなのために、この願いを使いたい。ダメ?」

「…………わかった。チェルが、そう言うのならば、私の願いも同様だ」

「セシリアさん……。わ、私もです!」

「ノエルは、どう?」

「うん、チェルが、それでいいのなら、僕も、みんなに恩返しがしたい」


 ノエルとなったあの日から、ずっと僕を支え続けてくれたみんな。

 59層での戦いだって、そんなみんなの力があればこそ、勝利できた。

 女神様からのご褒美を、みんなのために使うことは、僕自身、心から同意できることだった。


「じゃあ、女神様、お願いします」

『……やはり、ここまで来た方々ですね。わかりました。あなた方の望む通り、人々に加護を授けます。たくさんの方々に力を分けるので、1人1人が受ける加護は微々たるものかもしれませんが』

「構わないわ。ほんのささいな幸運でいいの。みんなが、日々の生活の中で、ふと、生きていて良かったと思える。そんな瞬間を作ってあげて欲しい」


 チェルの言葉に、女神様は、穏やかな表情で頷いた。

 そして、右手を掲げる。

 清い。誰よりも清い魔力を天空へと放つ女神様。

 ゆっくり、ゆっくりと上がっていった魔力の球は、やがて空を覆ったオーロラと一つになった。

 煌くオーロラから、白い光が舞い落ちる。

 しんしんと、ただ穏やかに、雪のように降り注ぐ淡い光の粒たち。

 ほんのひとかけらそれに触れた瞬間、僕の中に、温かい感情が満ちた。

 

「なんだろう。凄く安心する……」


 まるで、自分という存在を、真っ向から肯定してくれるようなそんな温かさ。

 暁の翼にいた頃の僕が一番欲していた、心のぬくもり。

 例えば、挨拶を交わしたり、誰かに褒められたり、誕生日を祝われたり、そんなときの感情。

 少しだけ、前向きになれる力。

 これが女神様からの加護なのだろう。

 そうして、この温かな光は、オーロラに乗って、遥か世界の果てまでも降り注いでいく。


「みんなの声が聞こえます……」

「ああ、この美しい光景、地上に住まう全ての人々が今、これを見ているんだな」

「なんだか、気持ちが一つになったようです」

「チェル」


 僕は、自然とチェルの手を取っていた。


「みんなの声に応えよう。女神様だけじゃない。僕達からも、みんなへの感謝を伝えるんだ」

「ふふっ、ノエルもすっかりアイドルらしくなっちゃったわね」

「君に鍛えられたからね」


 パチリとウインクをしてやると、チェルだけでなく、みんなが笑った。


「女神様、この最高のステージ、少しだけお貸しください」

『ええ。私にも見せてください。あなた方、ヒトの力の可能性を』


 そうして、僕達は、遥か世界の天井、誰もが到達し得なかった、白亜の聖塔の頂で、ライブを披露した。

 世界に大きな変革をもたらした、極光の歌姫達の天空ライブ。

 魔動カメラによって、配信されたそれは、後に、人類史に刻まれるほどの、何よりも輝く最高の出来事になったのだった。

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