012.精霊術士、弟子を取る
突然、弟子にして下さいと言い出した、学生服の女の子。
なんだか神妙な表情の彼女をそのまま放っておくわけにもいかず、僕とチェルは、彼女と共に、噴水広場から少し離れた喫茶店へと来ていた。
「じゃあ、お話を聞かせてくれるかしら」
横並びにテーブル席に座る僕とチェル。
対面に座った彼女は、少しビクビクとしながらも、頭を上げた。
「あ、あの、私。この春、冒険者養成学校を卒業したばかりのコロモっていいます。職業は魔術師です」
冒険者養成学校とは、その名の通り、冒険者を養成する学校だ。
受講期間は1年。その1年で、徹底して冒険者に必要な知識や、選択した戦闘スタイルを叩き込まれる。
剣士なら剣術を、魔術師なら魔法を、という感じだ。
もっとも、僕は学校を経ずに、冒険者になった人間なので、あまり詳しいことは知らないのだけど。
「でも、魔術師とは名ばかりで、魔法がとても苦手で……」
「ふむ、ちなみに使える魔法は?」
「…………ファイヤーボール」
「えっ?」
「ファイヤーボール、だけなんです……」
恥ずかしそうに身を縮こまらせるコロモさん。
「四大属性の中で、最も扱いが簡単と言われる炎の魔術。しかも、その一番初歩的な魔法しか使えないというわけね」
丁寧に説明してくれるチェル。ちょっとドヤ顔だ。
あれか。剣士だけど、ちゃんと魔術師の事も勉強してますよアピールか。
あとで、さりげなく褒めておいてあげよう。
「そのせいで、卒業しても、どこのパーティーも雇ってくれなくて……。いえ、一応、雇ってくれようとしたパーティーはあったんですけど、その……」
コロモさんは、頬を染めてうつむきつつ、胸元を隠すように肘を抱いた。
本人は隠しているつもりなんだろうが、そうすると、かえって、そのかなり豊満と言えるだろう胸に注目してしまう。
あまり想像はしたくないが、冒険者の中には、あのヴェスパのように、ほとんどごろつきと変わらないような人たちもいる。
身体目当てで、加入を許可されたものの……って、いうところか。
なんとなく、荷物持ちとしてなら雇ってやると、上から目線で言われまくった僕と境遇を重ねてしまう。
「わかった。いいよ」
「えっ……?」
「師匠っていうのはちょっとあれだけど、少しアドバイスをするくらいならできると思う。それでも良ければ」
「も、もちろんです!! あ、あの、宜しくお願いします!!」
こうして、成り行きで、僕はコロモさんの一時のアドバイザーを買って出ることになったのだった。
さて、ところ変わって、街から少し歩いた場所にある高原。
魔術の練習をするため、僕とコロモさんとチェルは、ここまでやってきていた。
「チェル、悪いね。つき合わせちゃって」
「いいわよ。私も、ノエルのコーチっぷりを見てみたかったしね」
「あ、あの、準備できました!」
少し僕たちから距離を取った場所で、コロモが杖を持って、立っていた。
緊張しているのか、握り込む手に、グッと力が入っている。
初々しいなぁ。
「まずは、実際に魔法を見せてくれるかな」
「わ、わかりました!!」
肩に力が入りつつも、コロモさんが、杖を構える。
詠唱を開始。少し硬い印象だが、それでも、淀みなく魔力を紡いでいく様子には、練習量の多さが感じられた。
「行きます! ファイヤーボール!!」
練り上がった魔力が、炎へと変換され、杖の先から放たれる。
発射された火球は、美しい稜線を描くと、数メートル先にあった、岩へと命中し、はじけ飛んだ。
「ど、どうでしょうか……?」
「なんだ。十分上手じゃないか」
自分の事をえらく卑下するものだから、もっと下手なのかと思っていた。
「でも、私、この魔法しか使えないんです……」
「ふむ」
彼女の魔力の練り方はとても丁寧で、基本に忠実だ。
元パーティーメンバーで、威力にもコントロールにも問題のあったメグよりも、よほど、美しい魔法だと言っていいだろう。
これだけ制御ができるならば、他の属性の魔法だって、使えてしかるべきなのだが……。
「コロモさんの、ユニークスキルを教えてもらってもいいかな?」
僕が【才覚発現】、チェルが【スキル効果向上・極大】のユニークスキルを持っているように、ほとんどの冒険者は、生まれた時に、一つ、女神様から固有のスキルというものを与えられている。
最も一般的であるのは、成長率上昇系のスキルだろう。
【剣術技能】や【魔術技能】などのユニークスキルを持って生まれた者の多くは、その適正に合わせて、職業を選ぶことになる。
もしかしたら、彼女は、ユニークスキルと職業がちぐはぐになっている可能性がある。
「わ、私のユニークスキル……ですか」
「うん」
「えと……【魔力指向性上昇】です」
魔力指向性上昇……?
聞いたことのないユニークスキルだった。
「魔力の指向性の上昇か……」
指向性がある、とは、ある一定の方向にだけ力を向けて、他の力は半減するということに違いない。
例えば、街の人々が娯楽や情報を得るために使っている映像水晶。あれは、魔水晶に特定波長だけの魔力を感知する指向性を持たせることで、映像を受信し、視聴することができるようにした道具だ。指向性を持たせることで、他の魔力を感知して、混線するなんてことがないようにしている。魔力通信なんかもほとんど同じ原理だろう。
彼女の場合は、魔力の波長というよりは、魔力の属性の方に指向性が持たされてしまっているように思える。
いや、両方か。属性に指向性があるだけならば、炎の魔術ならば、もっと上位の魔法を習得できていてしかるべきだ。
しかし、初級魔法であるファイヤーボールしか使えないということは、完全に、この魔法の属性と波長、その両方に魔力が固定化されてしまっていると考えられる。
「なんとなくだけど、君が一つの魔法しか使えない理由はわかったよ」
「やっぱり、ユニークスキルのせいですよね? 先生にもいっぱい相談して、たくさん、他の魔法も練習はしてみたんですが……」
がむしゃらにやっても、なかなか成果は上がらなかった、というところだろう。
まったく、厄介なスキルだ。
いや、でも、待て。
女神から与えられるスキルに、果たして、完全にマイナスしかないものがあるのだろうか。
僕の【才覚発現】だって、ほんのわずかではあるけど、獲得経験値が上昇するという恩恵があるわけで、普通、スキルというのは、その人間のプラスになるもののはず。
だとしたら……。
「ねえ、コロモさん。ちょっとやってもらいたいことがあるんだけど」
「な、なんでしょうか?」
真剣な面持ちでそう答えるコロモさんに向かって、僕はこういった。
「ファイヤーボール、全力でぶっ放してみよう」
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