119.精霊術士と"白亜"のボス
「おはよう。チェル」
僕の腕の中で、うっすらと目を開いたチェルに、微笑みかける。
「寝坊しちゃったわね」
冗談交じりでそう言いながら、チェルも薄く笑った。
「チェルシーさん!」
「チェルさん!!」
目を覚ましたチェルに、コロモとエリゼが一斉に抱き着く。
セシリアさんもホッとした表情で、こちらを優しく見守っていた。
「もう、2人とも……。心配させてごめんね」
「ぐすん……。いいんです。こうやって戻ってきてくれたから」
「はい、ずっと信じていました。チェルさんは、絶対に負けはしないって」
「ありがとう。みんな」
微笑むチェル。
そこには、今度こそ、迷いは見えなかった。
覇王の剣で、今の自分を貫いた彼女。
彼女の胸には、みんなと共に、聖塔の頂にたどり着きたいという思いが、改めて、沸々と煮えたぎっているように感じられた。
その時、ゴトン、という振動音と共に、フロアがさらに上の階層へと上昇し始めた。
「どうやら、いよいよ次の階層のようだな」
「59層、おそらく……」
「ああ、次で、最後のボスだ」
試しの書に、書かれていたボスは、51~59層までの全9体。
60層は聖塔の頂であり、おそらくそこには、もうボスは存在しない。
となれば、次、戦う相手が、この聖塔の主にして、僕らにとって、最後の壁。
「みんな、これで、最後よ」
「思えば、ここまでたくさんの尽力を得たものだ」
「はい、たくさんの人たちが、協力してくれました」
「報いましょう。私達を送り出してくれた、皆さんの想いに」
「ああ、そして、僕らの、みんなの夢を叶えよう」
自然と、僕達は、手を重ね合わせていた。
「最後のあれ、行くわよ」
チェルの言葉に、万感の思いをその瞳に秘め、全員が、強く、強く頷く。
「私達はぁ~」
「かわいい!!」
「強い!!」
「輝くアイドル冒険者!!」
「聖塔の頂目指してぇ~!!」
「極光の歌姫、レディ……」
『ゴー!!!』
大きく手を振り上げると同時に、フロアが上昇する振動が止まった。
そこは、これまでのフロアとは違っていた。
塔の壁面が天空を差し、吹き抜けになった虚空にはぽっかりと空の青が浮かんでいる。
久しぶりに浴びる外の光。
その光の中、それまでとは違う"神聖を秘めた瘴気"とでもいうような、奇妙な力が、フロアの中心へと集まっていく。
形作られていく身体。
そこに立っていたのは、先ほどまでいた真っ白い空間、それよりもなお白い一人の大男だった。
遥か古の時代、人間と戦っていたという魔族の王にも似ている。
それもそのはず、この魔物の名は──。
「白の魔王……」
聖なる力で蘇りし、暗黒の魔王。
彼こそ、この聖塔を統べし者。
「来るぞ!!」
魔王が動いた。
手を振りかざしただけで、恐ろしい魔力の衝撃が僕らを襲う。
その掌圧をエリゼの防御魔法と僕の風の防御膜でなんとか防ぐ。
初手から冷やりとした。
やはり、聖塔の主の力は、これまでのボスとは段違いだ。
掌圧の勢いが通り過ぎた直後、チェルとセシリアさんが飛び出す。
チェルは魔法剣、セシリアさんは闘気解放を纏った攻撃。こちらも初手から全力だ。
僕も2人に全力でバフを送る。
しかし……。
「微動だに……しない……だと!?」
魔王は、その場に立ち尽くしたまま、2人の攻撃を魔力の障壁だけで防いで見せた。
57層のボスにすら、大ダメージを与えた勇者と戦乙女の同時攻撃。
それを余裕の表情で受け止めた白き魔王は、右手に炎、左手に氷の魔力を集中させ、放った。
「うわぁああああっ!?」
「ぐぅっ!?」
チェルの全身を炎が包み、セシリアさんが身体がどんどん凍り付いていく。
苦痛に顔を歪める2人。
圧倒的な魔法の速射能力。魔力の強さは、あの墜ちた賢人すら上回る。
しかも、それだけじゃない。
魔王は腰に差していた剣を抜いた。
美しい刀身に、髑髏の意匠が施されたまがまがしい柄。
まさに、魔王の持つ剣とでもいったそれを、一閃しようと構える。
魔法のダメージで動けない2人では、避けようがない。
「コロモ!!」
瞬間、コロモが、魔法を放った。
大魔導士であるコロモ。彼女は、魔王と同じことをしてみせた。
右手のファイヤーボールでセシリアさんの氷を溶かし、左手のアクアスプラッシュでチェルの炎を鎮火させる。
両方元々は攻撃魔法のため、多少のダメージは負ってしまったが、広範囲回復魔法で、エリゼが一気に回復を図る。
さらに、僕のバフと風圧による攻撃妨害によって、辛くもチェルとセシリアさんは、魔王の一閃を避けることに成功した。
二人が避けたその一太刀は、真空の刃となって、塔内を飛翔し、塔の内壁に、巨大な真一文字の傷を生じさせた。
そして、その勢いのままに塔の外まで飛んでいく。
魔法だけでなく、剣の力も、常軌を逸している。
チェルとセシリアさんの顔にも冷や汗が浮かんでいた。
「やはり、一筋縄ではいかないか……!」
「ノエル!! 出し惜しみは無しよ!!」
「うん!!」
温存など、考えていられる余裕はない。
僕は、アリエルの力をチェルの剣に纏わりつかせる。
そして、セシリアさんも己の槍に闘気を全力で込めた。
同時に、コロモが牽制のファイヤーボールを連射する。
威力は低めだが、手数が多い攻撃に、魔王は、一瞬、防御に気を取られた。
その隙に、前衛2人は一気に距離を詰める。
「覇王の剣!!」
「螺旋穿孔!!」
2人の放てる最強の技が魔王を撃つ。
しかし、そこには、あの障壁が展開していた。
空間が歪んで見えるほどの激しい衝突、だが、こちらの最大火力であるところの2人の技は、障壁を破ることすらできなかった。
あまりに圧倒的な防御力に唖然とする2人。
そこに再び、魔王の一閃が放たれた。
各々の武器を盾にして防ぐが、大きく吹き飛ばされる2人。
同時に、攻撃の余波は、後衛すらも飲み込み、僕達5人は、塔の壁際まで吹き飛ばされた。
「がはっ!?」
肺の空気を全て無理やり、吐き出させられるかのような圧迫感に、意識が飛びかける。
攻撃が止んだ時、僕達5人は、全員、フロアの床に倒れ伏していた。
「つ、つよ……すぎる……」
思わず、そんな言葉が出る。
攻撃力、防御力、どちらもこれまで戦ってきたボスとは比較にならない。
こちらの攻撃は通らないし、あちらの攻撃は一発一発が必殺の一撃だ。
エリゼが常に全体を回復し続けてくれているため、なんとか倒れることだけは避けられているが、長期戦など、とてもできる状況ではない。
しかし、だからといって、短期決戦を挑んでも、有効打が与えられていない現状では、勝ち筋が見えない。
僕達は、負けるのか……?
5人の脳裏に、そんな考えすら浮かんだその時だった。
『諦めたら、あかん!!』
僕らの様子を撮影し続けていたカメラの一台から、そんな声が塔内に響き渡った。
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