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118.精霊術士と極光の花嫁

 チェルの頬に手を触れた瞬間、僕は自分が先ほどまでいたのと同じような、真っ白な空間に浮かんでいた。

 ぷかぷかと宙を舞う感覚に、若干戸惑いを覚えつつも、周囲へと風の瞳を向ける。

 そこでは、2人のチェルの戦いが展開されていた。

 僕が、今の自分とかつての自分の姿だったように、チェルもそれぞれが違う恰好をしていた。

 一方は、いつもの"勇者"としての姿のチェル、そして、もう一方は……。


「…………!?」


 人の姿のままだったら、きっと声を上げてしまっていただろう。

 それほどまでに、もう一方のチェルの姿は、美しかった。

 いや、チェルはいつだって美しい。

 でも、特別さというスパイスを効かせたその姿は、まさに、女神といっても過言ではない。

 純白のドレスに、結い上げた髪。 

 そう、それは、いわゆる花嫁衣裳だった。

 そんな花嫁姿のチェルが、聖剣を振り上げ、勇者の姿のチェルに斬りかかる。

 だが、その攻撃はあえなく躱され、逆に、鋭い一撃を返される。

 なんとか防御するものの、左腕を薄く裂かれ、純白の衣装の一部に血のしぶきがついた。


「はぁ……はぁ……」


 剣を構えながらも、花嫁姿のチェルは、苦しそうに顔を歪める。

 純白の花嫁衣装に似つかわしくないその表情を見て、僕は、すぐに理解した。

 普段の勇者の姿ではなく、花嫁姿をしている方が、本物のチェルなのだと。

 その時、勇者の"チェル"が雷を纏わせた剣を振るった。

 雷のエネルギーが誘導されるように、花嫁のチェルを撃つ。


「ああああああああああああっ!!!」


 まともに、それを受けたチェルは、全身を激しく痙攣させた。

 明らかに動きが悪い。

 いつものチェルなら、いくら自分と同等の力がある相手だからといって、こんなに簡単に攻撃を受ける事はないはず。


「…………!! ……!!」


 ダメージの色濃いチェルに、僕は必死で呼びかける。

 しかし、アリエルとなったその身では、人の言葉を紡ぐことは不可能。

 僕の声なき叫びは、決して、チェルに届くことはない。

 

(くそっ!! チェル!! 立ち上がってくれ!!)


 未だ立ち上がれない花嫁姿のチェルに、勇者の"チェル"が、剣をかざしながら、じわじわと迫る。

 この戦いは、あのテーマパークで見せた、チェルの葛藤そのものだ。 

 花嫁姿のチェルは、未来のチェル自身。

 勇者姿のチェルは、今のチェルだ。

 そして、チェルは、今の自分自身を失う事、この楽しくも儚い時間を失うことを、ひどく恐れていた。

 それが、彼女の迷いであり、弱さ。

 望まぬ花嫁となった彼女は、決して、今の自分を斬ることができない。

 言葉では、いくら吹っ切れたと言っても、やはり彼女にとって、聖塔を攻略し終えて、"今"という時間を失ってしまうことは何よりも耐え難いことだったのだろう。

 たとえ、普段通り言葉を発せられたとして、そんな彼女にかけられる言葉を僕は持ち合わせていない。

 いや、伝えたいことは、あの観覧車で二人っきりで過ごした時に、すでに伝え終わっている。

 セシリアさんの言う通り、自分を打ち倒すことができるのは自分だけだ。

 でも、僕は精霊術士で、アイドル。言葉なくとも、背中を押して、サポートをするくらいのことは、きっとできる。

 アリエルとなった僕は、花嫁姿のチェルの頬を優しく撫でた。


「…………ノル?」


 それだけで彼女は、気づいた。

 僕が、傍にいる。そのことを。

 僕は、そのまま彼女の聖剣へとまとわりつく。

 風の力が剣に宿るとともに、精霊としての全ての力を彼女に注ぐ。


「…………ありがとう」


 胸の温かさを噛み締めるように、そうつぶやくと、彼女は、立ち上がった。

 そうして、キッと、勇者としての自分自身を睨みつける。


「ノルには、本当にカッコ悪いところ見せっぱなしね」


(たしかに)


「私って、誰かに見られてないと、本当にダラシがない」


(そうかもね)


「でもね。1人でも観客がいれば、私は、絶対に負けない。だって、それが……」


(うん)


『"アイドル"なんだから!』


 チェルが、アークヴォルトを唱える。

 勇者"チェル"と同じく、剣に雷を込めると、それが僕の風の力と混ざり合う。

 チェルと僕の、絆の証、覇王の剣オーバーロードブレード

 その切っ先を、"チェル"へと向け、純白のドレスの裾を翻したチェルは、駆け出す。

 白い空間に、一歩足を踏み出す毎に、たくさんのチェルの気持ちが浮かんでは消える。

 僕をギルドで勧誘した時の、ドキドキした気持ち。

 エリゼやセシリアさんが加入した時の、反発しつつも本当は2人の事を認めていた気持ち。

 雪山で一緒に温泉に入った時の、本当は、心臓が爆発しそうなほどだった緊張感。

 テーマパークで僕への心情を吐露した時の、どうしようもないほどに、苦しい気持ち。

 そして、ライブやダンジョンを攻略し終えた時の、なんとも言えない高揚感。

 極光の歌姫として歩んだ彼女の軌跡の全てが、今だけは、彼女を苛む鎖となって、その歩みの邪魔をする。

 それでも、彼女は走る。

 全ての思い出を、胸に刻みながらも、彼女は、今の自分を踏み越えようと、全力で剣を振るう。


「うぉおおおおおおおおおおっ!!!」


 チェルと"チェル"の剣閃が、どこまでも白い空間の中で交錯した。

 そして──。

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