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117.精霊術士と目覚めぬ勇者

「あ……れ……?」


 気づくと、僕は、再び塔の床の上に倒れていた。


「ノエル、目覚めたか」


 声をかけられ、視線を上げると、そこにはセシリアさんの顔があった。

 どうやら、僕は、彼女の膝の上で、眠っていたようだ。


「君もどうやら、自分自身に打ち勝つことができたようだな」

「セシリアさんも……? じゃあ、もしかして……」


 身体を起こして、周囲を見る。

 すると、そこには、僕と同じく、今、目覚めたばかりの様子で、エリゼとコロモがむくりを起き上がっているところだった。


「エリゼ! コロモ!」

「あ、師匠……!」

「ノエル、私達……」


 4人で顔を見合わせる。


「どうやら、それぞれ試練を超えられたようだな」

「試練……やっぱり、あれがそうだったんですね」


 エリゼの言葉に、セシリアさんが首肯を返す。


「あとは、チェルシーだけだ」


 そう言った、セシリアさんの視線の先には、未だ、床に倒れ伏せるチェルの姿があった。


「チェル……」


 僕らは、チェルの周りを囲む。

 彼女の事だから、きっと飄々とした顔で、誰よりも早く、この試練をクリアしているとばかり僕は思っていた。

 だが、まだ、彼女は目覚めていない。

 いや、それどころか……。


「チェルシーさん、苦しんでいませんか……?」

「はい、どんどん生気が無くなっています。このままじゃ……」

「そんな……」


 回復術の専門家である、エリゼの顔に、焦りの表情が浮かんだのを見て、僕も事態の危うさに気づく。

 仰向けになって眠るチェルの額には、滝のような汗がにじみ、普段見せることがない皺が刻まれている。

 寝姿ですら、弱いところを見せることがないチェルをして、こんな状態になっているというのは、明らかに彼女の中で、何かが起こっているのを感じさせた。


「チェル……!!」


 僕は、チェルの細い身体を支え、呼びかける。

 だが、彼女は一層苦しい表情で呻いた。


「くそっ、なんとか……なんとかならないのか……!?」

「無理だ。この試練、それぞれが自分自身に打ち勝つということが、目的だというならば、他の者が他人の試練を手助けすることは不可能だ」


 セシリアさんのはっきりとした言葉に、僕は、それでも歯噛みする。


「それでも……せめて、少しでも何か……」

「ノエル、方法はあります」


 そう言ったのはエリゼだ。


「エリゼ、いったいどうしたら……?」

「私達が受けた試練は、精神世界でのものでした。もし、チェルさんの精神世界に介入できる手段があれば、あるいは……」

「でも、そんな方法、どうやって……」


 人の精神にまで介入するなんて、とても、人間には……。

 ん、人間には……?

 もしかしたら……。


「アリエル」


 僕が呼びかけると、彼女は、ふっと僕の傍まで寄ってきた。


「ど、どうするんですか。師匠?」

「僕が、アリエルになる」


 人間では、他人の精神世界に介入することはできない。

 でも、精神と感応しやすい精霊という存在であれば、あるいは、チェルの精神世界に介入することができるかもしれない。

 ならば、僕自身が、アリエルとなるほかない。


「精霊憑依の逆をやる。アリエルの中に、僕という存在を上書きするんだ」

「そ、そんなこと、できるんですか?」

「わからない。でも、それしか方法がない以上、やってみるしかない」


 僕は、精神を昂らせると、ぬいエルに意識を集中する。

 ぬいエルはいわば、パレットだ。

 僕の色と、アリエルの色、それを、ぬいエルという無色透明なパレットの上で混ぜ合わせる。

 精霊憑依よりも、さらに高度な精霊と自身を一つの器の中で融合させるという行為に、僕の精神に多大な負荷がかかり、頭がひどく痛んだ。

 何度か、挑戦したが、今の僕の実力では、あと一歩というところで、成功させることができない。


(くそっ、やっぱり無理なのか……!!)


 諦めかけた、その時だった。

 僕達、極光の歌姫の歌が聞こえた。

 何度もライブで披露している僕達の歌。

 その歌を聴いた途端、僕とアリエルの精神のリンクがかちりとハマった。

 何度も聴き、何度も歌ったこの歌。

 それは、僕とアリエルにとって、同じ"たのしい"という気持ちを共有させる最高にエモい音楽だった。

 高揚感の高まりに乗じて、僕とアリエルの精神が、ぬいエルの中で一つになる。

 目を開くと、僕はぬいエルと視覚を共有していた。

 アリエルとの存在そのものの融合に成功したのだ。

 あとは、チェルの精神世界に入るのみ。

 僕の腕に抱かれ、苦しそうに目を閉じるチェル。

 ぬいエルとなった僕は、彼女の頬にゆっくりと手を伸ばした。

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