116.精霊術士と精霊術士
「ここは……どこだ……?」
混濁する意識。
やがて、目覚めた僕は、真っ白な空間にいた。
ちょうど、試しの書があった50層が、こんな感じだった。
先ほどまでいた、塔の内観とはまるで違う。
確か、僕達は、57層のボス、アルケミスターを一気呵成に倒したところだったはず。
ここは、58層なのか……?
仲間の姿を探すが、どこまでも続く白い地平には、人の姿はおろか、影の一つすら見当たらない。
いや、違う。
そんな中に、一つだけ影がある。
もしかしたら、ずっとそこにいたのかもしれない。
でも、僕は、それが誰であるのか、一瞬、認識ができなかった。
だって、それは……。
「……僕?」
白い空間の中に、唯一佇む男──それは、かつての僕の姿だった。
チェルと出会う前、暁の翼にいた頃の僕の姿。
当然、女の子の格好などしておらず、目深にフードをかぶった地味な格好だ。
長い前髪とフードが作る影のせいで、表情は伺い知れない。
ふと、かつての僕そっくりなそいつは、こちらを見た。
そして、あろうことか、精霊語を呟く。
「ペル・サーイサ・オー」
その瞬間、まばゆいばかりのエメラルドグリーンの輝きが、空間を支配した。
精霊憑依……した、だと!?
そう、理解した次の瞬間、危機感を感じた僕も同じく精霊憑依を敢行した。
アリエルが身体を満たすのとほぼ同時に、先に精霊憑依した"僕"の風の刃が僕へと放たれた。
なんとか、ギリギリで鍔迫り合いに持ち込む。
「ぐっ……くくっ……!!」
精霊憑依状態の"僕"の攻撃を精霊憑依状態の僕が受ける。
アリエルの力を借りている今の状態で、押し負けそうになるなんて、初めての経験だ。
迸る風の勢いに乗るようにして、僕は何とか"僕"の剣を弾くと、後方へと大きく跳躍した。
距離を取って、改めて"僕"の全身を目に納める。
"アリエル"の大自然の力を、翡翠色の光として、全身から立ち上らせる"僕"。
その口元がにやりと笑みを浮かべた。
烈風が迫る。
台風かと思われるような嵐の渦。
そこに、僕も、同じく嵐の渦をぶつけて相殺する。
圧倒的な大精霊のパワー同士のぶつかりあいに、空間すらも歪み、紫電が迸る。
やがて、僕らの周りには、暴風が吹き荒れていた。
体感的に、なんとなく感じた。
この暴風は、敗者を蝕む地獄の風なのだと。
「これが、女神からの試練なのか……?」
自分自身と戦う。
力も、技も、魔力も、何もかもが全く同等の自分と戦って、勝利する。
それが、女神から与えられた試練であるならば、越えなければならない。
でも、なぜだろう。
僕は……。
目の前の"僕"が右腕を振るった。
刃となった風が、僕の左頬を薙いた。
左腕を振るう。
今度は、右太ももを割かれた。
大精霊として、魔力の防御膜があるといっても、あちらも同等の力を持っている。
腕を振るたび、僕の身体に、傷が増えていく。
それでも、僕は反撃しなかった。
一歩踏み出す。
風がさらに激しくなった。
もう一歩踏み出す。
もっともっと強くなった。
まるで、僕を拒絶するように"僕"の風は一層激しくなる。
でも、それでも、一歩ずつ、一歩ずつ。
そうして、いつしか、僕は、"僕"の目の前までやってきていた。
未だ、顔を上げない僕の細い身体を、ギュッと抱きしめる。
「……いいんだよ」
これはきっと、あの頃の……チェルに出会う前の、本当の僕の心だ。
表面では、物わかりの良い自分を演じていた僕。
誰に認められなくても平気な顔をして、でも、実は、心の底で、ずっと叫びを上げていた僕。
自分を苛む人々を、本当は痛めつけてやりたかった僕。
僕、僕、僕、僕、僕。
あの頃の僕の、偽りのない感情。
でも、自分だからこそ、わかる。
この感情があったからこそ、今の僕がある。
たくさんの人に認められて、心から嬉しい僕がいる。
かつて恨んだ仲間達と、もう一度、冒険することだってできた。
そして、何よりも、いつまでも一緒にいたいと思える仲間達ができた。
自分の一部を切り捨てたりなんかしない。
僕は……。
「一緒に行こう。白亜の塔の、その頂まで」
僕は、傷だらけの手で、ゆっくりと、"僕"の手を取った。
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