114.精霊術士と2人の勇者
56層。そこに現れたのは、賢者だった。
いや、落ちくぼんだ瞳、肉のない白骨の身体。
衣服はすでに朽ち、赤く閃くマントだけが、その無機質な身体を包んでいる。
堕ちた賢人。その見た目から、おそらくは魔法攻撃に特化したボス。
「接近戦は苦手なはず!!」
グランが、持ち前の素早さで、一気に賢人に距離を詰める。
そのまま、剣での一撃を叩き込もうとした刹那、賢人がその節くれだった手で持った杖を振るった。
先端には、魔力で形成された紫色の光の刃が輝いている。
剣と杖とが鍔ぜり合うものの、若干押し負けたグランが、後方宙返りで大きく飛び退いた。
「こいつ、力も強いぞ!!」
「魔法が来ます!!」
コロモが得意とするファイヤーボール。
奴はそれを周囲の空間に同時に数十発も、発生させると、一気にこちらに打ち出した。
人間にはおおよそ不可能な、魔法の一斉斉射。
一発一発は低級魔法レベルであるかもしれないが、これだけ集まれば、それは大きな火力になる。
「ぐぁああああっ!!!」
「くっ、ごふぁっ!!」
「みんな!!」
回避も防御も、中途半端にしかできず、グランとリオンが膝をついた。
だが、膝をつくだけでは、すまない人物が一人だけいた。
「カングゥさん……!!」
「はぁ……はぁ……ははっ……やはり、前衛の層が薄くなると……呪術師は弱いですね……」
爆風で飛んできた瓦礫が肩口に直撃したのか、血の滴る左腕を押さえたカングゥさん。
回復魔法の遣い手がゼロとなったこの状態では、とても戦闘を続けることはできない。
「カングゥ、退け」
「そうだ。俺達も、もう後衛を守れるほど、余力が残っちゃいない」
「ええ、私は、もう足手まといにしかならないでしょう。ですが、最後に、一つ……むん!!」
カングゥさんが、残った呪力で賢人の角ばった身体を包み込む。
まるで、蝶結びのように、闇の鎖が絡みつくと、圧倒的だった奴の魔力が、一気に小さくなった。
「残った呪力で、奴の魂に楔を撃ちました。あれは、私が離脱しても、しばらくは効果を発揮します」
「さすがだ、カングゥ。あいつの魔力が半減した!」
「ああ、これなら……!!」
グランとリオンが立ち上がり、それぞれの剣を構えた。
それと同時に、心臓の辺りを押さえたカングゥさんは、僕らの方へと振り返った。
「極光の歌姫の皆さん!! 力及ばず、ここで私は去ります。ですが……信じています。あなた達が、聖塔の頂へとたどり着くこと!!」
カングゥさんの最後の叫びに、僕たちは強く、とても強く頷いた。
最後に、少しだけ穏やかな表情を見せると、カングゥさんは自ら転移結晶を砕き、その姿を消した。
残るメンバーは勇者2人のみ。
魔力を抑えつけられた賢人に、2人は対峙する。
一瞬の凪の時間。
最初に動いたのは、グランだった。
圧倒的な脚力で、一気に間合いを詰めるが、賢人もさるもの。
後衛職的な見た目とは裏腹な、素早い杖の取り回しで、グランの剣を真っ向から受ける。
先ほどは押し負けたグランだが、今度は、鍔迫り合いに持ち込む。
カングゥさんのデバフで、魔力はおろか力も弱体化しているようだ。
いや、あるいは、魔力を膂力に変換するような術を使っていたのかもしれない。
少なくとも、力負けすることはなくなったこの状況で、さらに、リオンが横合いから剣を振るう。
2体1の接近戦。
勝負は互角、いや、グランとリオンがやや押している。
この2週間近くのレイド攻略の中で、2人は、いがみ合いながらも、お互いの戦闘スタイルをよく観察し、呼吸を感じ取っていた。
今の2人は、まるで長年連れ添った相棒のように、お互いの攻撃を邪魔することなく、それぞれが動いていた。
そして、その攻撃は、時間が経つごとに、どんどん鋭さを増している。
牽制として放たれた下級魔法すらも跳ねのけ、2人の攻撃は、まるでダンスのように間断なく続く。
「凄いよ。リオン、グラン!!」
勇者の戦いとは、どこか人々を惹き付ける。
僕らのようなアイドルパーティーが出て来る前は、攻略動画は、勇者達の独壇場だった。
それだけ、彼らの戦いには華があり、人々の気持ちを熱くさせる何かがあるのだ。
「うぉおおおおっ!!」
「はぁああああっ!!」
2人の裂帛の気合の籠った剣が、ついに奴の両肩を貫いた。
杖を取り落とす賢人。
もはや、勝負は見えた。
誰もが、そう思った時、落ちくぼんだしゃれこうべの瞳の奥が光った。
瞬間、膨大な魔力が、まるで抜身の状態で、解放される。
「これは……!!」
究極の攻撃魔法、アルティメイタム。
メグがメロキュアさんの魂の力を借りて使用したそれを、この骸骨は唱えようとしていた。
カングゥさんのデバフの影響がまだ残っているとはいえ、元の魔法力がメグとは段違い。
それら全てが攻撃力に変換されて、解放されるとなれば、その破壊力は想像を絶する。
「どうせ、避わせやしねぇ。飛び込むっきゃねぇだろ」
「無論だ。俺の剣で、歌姫達の活路を開く」
覚悟を決めたように、2人が、聖剣のグリップを深く握り直した。
「無茶だよ!! リオン!! グラン!!」
「そんな顔しないでくれよ、ノエルちゃん。ホレた女のために、命を懸けるってのは、男にとって、最高に上がるシチュエーションなんだからさ」
「ああ、ノエル。俺は……俺たちは、必ず奴を討ち取る。だから、最後の一押しをくれ」
リオンの言葉に応えるように、僕は、歌った。
ただ、ひたすら、彼らを鼓舞するために。
「最高だぜ。ノエルちゃん」
「ああ、これ以上のバフは、この世にあり得ん」
そうして、究極の破壊魔法が放たれた。
メグのそれに倍する威力が、塔そのものをへし折らんばかりに吹き荒れる。
だが、その猛烈なエネルギーの渦の中を、2人の勇者は全ての力を込めて、駆け抜ける。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「はぁあああああああああああああああっ!!!!」
兜が砕け、鎧が割れ、肉が裂け、骨が軋む。
それでも、2人は決して剣を握る拳を緩めはしない。
2人の全身を魔力が迸る。
賢人の強大な魔法を、自らの魔法力でできる限り防ぎながら、2人は、駆け抜けた。
そして……。
「あっ……」
嵐が止んだ。
先ほどまで迸っていた魔力が、まるで、台風の目の中に入った時のように、一瞬にして消え去った。
後に残ったのは、胴に二筋の太刀傷を受け、バラバラになっていく賢人。
それと、全身から血を拭き出しながらも、確かに地を踏みしめる2人の勇者の姿だった。
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