112.精霊術士と幻晶の騎士
フロア全体が振動し、再び、上昇していく。
さらなる連戦。
やはり、これ以降、全てのフロアが同じような構造になっているようだ。
僕らの前の障壁は未だ開かれない。
それでも、仲間達は、もう4人もその姿を消していた。
やがて、音を立てて、フロアが53層へとたどり着く。
現れたボスは、鎧に身を包んだ巨大な騎士だ。
試しの書に記載されたその名は、幻晶の騎士。
騎士は、巨大な槍をブンと振るった。
それだけで、突風が巻き起こり、リオン達の頬を薙いだ。
「随分とパワーがありそうだな」
「ああ、力比べは分が悪そうだ」
勇者2人がそんな会話をしている間にも、幻晶の騎士の槍での一撃が、目の前の床へと振り下ろされた。
たったの一撃で、床に巨大な十字の亀裂が入る。
やはり、その剛腕は並じゃない。
「赤雷!!」
「蒼雷!!」
左右から、勇者が、それぞれの色を模したアークヴォルトを放つが、その雷はあえなく槍で弾かれる。
「ちっ、魔法は効果薄か!!」
「また、攻撃が来るよ!!」
騎士が再び槍を振り下ろそうとしたその時だった。
にわかに騎士の動きが遅くなる。
「グゥ!!」
「さて、呪術の本領発揮と行きましょう」
カングゥさんが、全力の呪力を込めて、騎士の動きを阻害する。
今まで、彼は、ヴェスパとメグに元パーティーメンバーの魂の力を付与するために、大量の呪力を割いてきた。
だが、2人が離脱した今、彼は、デバフだけに全力で呪力を使うことができる。
スピードだけでなく、防御力を大きく落とした鎧騎士に、前衛5人による波状攻撃が展開される。
「よしっ!! 行ける!!」
思わず手を握る僕。
やはりカングゥさんのデバフの力は相当なものだ。
頑強そうな鎧が、どんどんたわみ、へこみ、あるいは砕かれていく。
だが、そのまま一気呵成に、と思ったその時だった。
止めを刺そうと、飛び上がったグランとリオン。
強烈な一撃を与えようと大上段に剣を構えたその刹那、騎士の背中から、新たな腕が"生えた"。
「なんだ……ぐふぁっ!?」
そのまま、殴り飛ばされたグランとリオンは、吹き飛ばされつつも、なんとか受け身を取るが、ダメージが膝に来ているのか、戦線に復帰できない。
そんな2人を4本腕になった騎士が、睥睨していた。
「クーリエ! 2人の回復を!!」
「で、でも……!!」
2人の戦線離脱に加え、さらにクーリエが回復に回れば、残る攻撃役は2名。
蒼鷹の爪の戦士ターコイズさんと武闘家ロベリーさんのみとなる。
彼女達は、決して、弱い冒険者ではないが、さすがに、2人で、あの騎士の猛攻を捌き切るのは不可能。
だが、その僕の考えを裏切るかのように、当の2人は、騎士の前に立ちはだかった。
「クーリエ殿。グラン様を頼みます」
「ここは私達に任せるアルね」
独特な片刃の剣を持つ戦士と大きなスリットの入った民族衣装を着た武闘家は、全身に闘気をみなぎらせた。
まさか、彼女達も、セシリアさんのようなユニークスキルを……?
いや、違う。これは……。
「お前ら……力水を使ったのか……!!」
苦しそうに顔を歪めながらも、グランが叫んだ。
力水。その名は僕も聞いたことがある。
確か、一時のステータス上昇効果を得る代わりに、永続的に体力が減少し続けるというアイテムだ。
その危険性ゆえに、冒険者の安全確保が優先されるようになった現代では、あまり見かけなくなっていたはずだが、彼女達は、それを使ったというのか……。
「グラン様の回復時間は、拙者たちが稼ぎますゆえ」
「無問題ラ!! 行くね!!」
いっそう激しく闘気を迸らせた2人は、先ほどとは比べ物にならないスピードで、騎士を圧倒する。
カングゥさんの全力のデバフもあってか、たった2人で、騎士を確実に追い詰めている。
しかし……。
「はぁ……はぁ……!!」
「ひぃ……ひぃ……!!」
明らかに、2人の体力はどんどん減少している。
だが、息を上げながらも、2人は攻撃の手を緩めない。
そんな2人の姿を見つめるグラン。
激昂して助けに行くかとも思われた彼だったが、驚くほど冷静に、彼女達の戦いを見つめながら、クーリエさんからの回復を受けていた。
冷たいわけじゃない。
わかっているのだ。
彼女達の覚悟を、誰よりも。
「お前ら、骨は拾ってやる!! ぶちかませ!!」
「応!!」「はい、あるね!!」
騎士が大きく腕を広げて、最後の攻撃を仕掛ける。
4本の腕から繰り出される強烈な刺突。
だが、彼女達はそれを真っ向から受けた。
残る全ての力を込めた最後の一振り、最後の拳。
それらは、見事、騎士の刺突を正面からぶち破った。
2人の攻撃により、腕を失った騎士は、恐慌状態となる。
体力を使い果たした2人は、その場に、膝をついた。
「危ないっ!!」
最後の悪あがきのストンプ攻撃。
だが、それが彼女らを踏みつける前に、一陣の風が通り過ぎた。
「お前ら、よくやった」
それは、グランだ。
今まで以上のスピードで、騎士を一刀両断すると、彼は、すぐに2人の転移結晶を砕いた。
「ホレた男のためによくやった。帰ったら、存分に可愛がってやるから、楽しみに待ってな」
そう言って、優しく2人の髪の撫でるグラン。
やがて、2人は、穏やかな表情を浮かべながら、その場から消失した。
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