111.精霊術士と見えない手
不意打ち。
いや、そもそもどんな攻撃をされたのかもわからない状況で、2パーティー唯一の回復術師が地に沈んだ。
慌てて駆け寄るグラン。
だが、敵の姿はやはり、周囲に見えはしない。
「ハピレス!! しっかりしろ、ハピレス!!」
「うぅ……グ……グラン……」
傷は深く、未だ、腹部からは、大量の血が滴っている。
ハピレスさんを除けば、唯一回復術を使えるクーリエさんが、魔法をかけるものの、傷が深すぎて、すぐには回復ができないようだ。
「ダメだぁ。私の回復魔法じゃ、間に合わない!!」
「くっ、やむを得ん!!」
グランが、一切躊躇することなく、ハピレスさんが胸元に吊るしていたクリスタルを砕いた。
瞬間、ハピレスさんの姿がその場から消え失せる。
転移結晶だ。今回の探索では、今のような事態を想定して、1人1人が転移結晶を首から吊るしている。
転移先は、街の教会。そこでなら、最高位の神官による傷の治療が行える。
傷は深かったが、教会でなら、死に至ることはないだろう。
「くそっ、何なんだ!! いったい、どこから!!」
「わぁっ!!」
今度は、メグが首を押さえながら、宙づりにされた。
明らかに敵がいる。だが、誰もその姿を捉えることができない。
「この野郎!!」
ヴェスパが、盾を持ったまま宙に突っ込むと、その場にいた何かが、メグを放した。
地面に落ちたメグをヴェスパが助け起こす。
「大丈夫か、メグ!」
「う、うん……なんとか……」
「皆さん!! 敵の姿は、手です!! このフロアのボスは、フォールン・ファントム。おそらく、視認不可能な巨大な腕で、こちらを攻撃してきます!!」
「見えないって……お手上げじゃねぇかよ!!」
どこから来るかもわからない攻撃に、全員の顔に恐怖が浮かぶ。
あの女神からの試しの書に書いてあったイラストでは、奴は、確かに巨大な腕のような形をしていた。
でも、まさか、透明な姿をしているなんて……。
アリエルを自由に動かせるなら、風の反射で、奴がいる場所を正確に炙り出せただろうが、未だに、僕らの前にある障壁は、開いてはくれない。
やはり、カングゥさんの言うように、リオン達が力尽きるまでは、開くことはないということか。
そうこうしているうちに、今度は、魔術師のスプリさんが、弾き飛ばされた。
「スプリ!!」
再びグランが、駆け寄るが、スプリさんは、すでに気絶していた。
その様子を見たグランが、彼女の転移結晶を砕く。
これで、離脱者は2名。
的確に、防御能力の低い後衛から狙ってきている。
このままだと、全滅もあり得る。
全員の脳裏に、そんな言葉が浮かんだとき、動いた人物がいた。
「みんな、俺の後ろに集まれ!!」
そう叫んだのは、巨大な盾を構えたヴェスパだ。
守護騎士の魂を宿し、パーティーでも随一の防御力を持つ彼は、どうやら、仲間達全員の盾になるつもりらしい。
「それより他ないか!!」
残った仲間達が、自身の後ろへと移動したのを確認すると、ヴェスパはカングゥさんの呪力を受けつつ、光の盾を展開した。
同時に、激しい衝撃が、その盾を砕かんと襲い来る。
断続的に襲って来る衝撃に、ヴェスパの顔に脂汗が浮かんだ。
「くっ……きっちぃな……!!」
「ヴェスパ、無理はするな!!」
「いいや、大将!! ここは、無理を通させてもらうぜ!!」
気合を入れるように叫ぶと、盾が放つ光がいっそう激しくなる。
「俺は、あんたや聖女様みたいな凄い職業は持ってねぇ。今だって、こりゃ借りもんの力だ。素の俺じゃ、何もできない。誰にも必要とされない雑魚冒険者だ。ノルがいなくなって、俺はようやくそれに気づいた」
敵の猛攻を受けつつも、ヴェスパは穏やかな表情で語り続ける。
「でもよ。雑魚にだって意地ってもんはあんだ。ずっと、勇者の隣の賑やかしだった俺だけど、今は……今だけは、俺を主役にさせてくれ!!」
「ヴェスパ、お前……」
「お兄ちゃん……私も……!!」
ヴェスパに守られながら、メグが強く強く魔力を練る。
「私も同じ……。リオン様に憧れるだけの役立たずな魔術師だけど、それでも……!!」
兄妹の視線が、重なる。
「やってやれ、メグ。俺達、兄妹だって、やれるってとこを見せてやるぞ!!」
「うん、お兄ちゃん!! 私達だって、凄いんだ!!」
メロキュアさんの魂の力を借りたメグは、全ての魔力を込めて、究極の魔法を発動させた。
それは、純粋な魔力そのものを爆発させる魔法。
魔力の全てを攻撃力へと転化する、単純ゆえに、最強の攻撃呪文。
「アルティ……メイタム!!」
圧倒的な魔力の奔流が、フロアの中央で爆発した。
姿が見えるとか見えないとかもはや関係がない。
フロア全体を焼き尽くすような、強烈な魔力の波が渦巻く。
安全領域にいる僕らでさえ、思わず防御姿勢を取ってしまうほどの、暴力の嵐。
その魔法の余波も、ヴェスパは歯を食いしばって、全て受け止め、仲間を守ってみせた。
やがて、魔力の嵐が去ると、そこには、キラキラとした光の粒子が、まるで、鏡が割れたように散り、消えていった。
「最後まで姿を見せることなく、事切れたか……」
「凄いじゃないか。魔術師の嬢ちゃん。この調子で次も……って」
メグは、その場に崩れ落ちていた。
そして、それに気づいた時には、全ての攻撃を受け止め続けたヴェスパも、また、地面へと倒れ伏す。
「ヴェスパ!! メグ!!」
リオンが、2人に駆け寄る。
「ははっ……大将……どうだ。俺は、役に立ったか……?」
「ああ……。これ以上ないほどにな」
「へへっ……初めて、本当の意味で……役に……立てたぜ」
地面に突っ伏しながらも、ヴェスパはにやりと笑って見せた。
「大将……。あとは、任せて……いいか……?」
「ああ、お前達は先に戻っていてくれ。あとは、俺が……」
リオンのその言葉を聞くと、ヴェスパは薄く笑った表情のまま、目を閉じた。
ヴェスパとメグ、それぞれの首にかかった転移結晶をリオンが砕く。
2人の姿がにわかに消えていくのをリオンは、決意の籠もった瞳で見つめていた。
「あの2人が、あんなに頑張ってくれるなんて……」
ずっと、あの2人に虐げられてきた僕だ。
正直、未だに、あの頃の辛い夢を見ることだってある。
でも、そんな恨みの気持ちすら押しのけて、今、僕の胸には、2人への感謝の気持ちでいっぱいだった。
「人は変われるんです。ノエル」
「ああ、エリゼ。僕達も……」
あの2人に負けまいと、僕とエリゼは、最後の最後まで戦おうと、改めて心に誓ったのだった。
ブクマ200&10万PVを突破しました。ありがとうございます。
クライマックスが近づいていますが、最後まで宜しくお願いします。
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