011.精霊術士、覚悟を決める
「ふぅ、しつこそうな男だったから、ついつい助けに入っちゃったわ……って、大丈夫、ノル?」
「ああ、うん、ごめん……」
うつむいて黙ったままの僕の顔をチェルが覗き込んでいた。
心配そうな顔だった。
「大丈夫。わかってはいたことなんだけど、ちょっと色々聞いちゃってさ……」
「あの男、知り合いだったの?」
「元パーティーメンバーのヴェスパだよ」
「ああっ!! あの考えなしの盗人冒険者!!」
チェルは僕の攻略動画を何本も見ているようなので、ヴェスパの事も当然知っていると思っていたのだが、どうやら顔までははっきり覚えていなかったらしい。
しかし、なかなかの言い草だな……。
「あー、わかってたら、一発ぶん殴ってやるんだったわ。ノルにひどいことした罪は万死に値するんだから」
ぷんすかと頬を膨らませるチェル。
怒りながらも、どことなく可愛らしいその仕草に、思わず、笑ってしまう。
「いいよ。チェル。僕はもう君と冒険者の頂を目指すと決めたんだ。だから、前のパーティーのことなんて、どうでもいい」
「そう? ノルがそう言うなら、いいけど」
怒りから急に嬉しそうな表情になるチェル。喜怒哀楽の激しい娘だなぁ。
でも、僕とパーティーを組めたことを本気で、嬉しく思っていることが伝わってくる。
女装には、抵抗があったけど、僕の中で、少しだけ覚悟が決まってきた。
「そういえば、さっき、"ノエル"って……?」
「かわいいでしょ♪ 女の子の格好で冒険者をするなら、偽名が必要だと思って、ひそかに考えてたのよ」
確かに【ノエル】ならば、ちゃんと女の子に聞こえる上、比較的よく聞く名前だ。
僕の名前の間に"エ"を入れただけで、呼ぶ側としても、そんなに違和感がないだろう。たとえ、言い間違えたとしても、多少はごまかしがききそうだし。
「わかった。じゃあ、僕は、これから、ノエルになる」
「え、それって……」
真っすぐに僕は、チェルを見つめた。
「いつか聖塔の完全攻略を果たすその時まで、僕はノエルとして、君と歩むよ」
そう言って、にっこり微笑むと、チェルの頬がなぜか少し赤くなった。
「う、うん……。凄く嬉しい……」
それだけ言って、チェルは頬を押さえて、僕から視線を逸らした。
あれ……何か、やらかしてしまっただろうか。
「でも、いつか、本当に白亜の聖塔の完全攻略を達成したその時には、僕は、ノルに戻る。それで、いいかな?」
「もちろんよ。そう長い時間は取らせないわ。絶対に1年以内に冒険者の頂に立ってやるんだから」
こうして、ノエルになった僕は、改めて、チェルと聖塔の攻略を誓い合ったのだった。
そうして、仄かな高揚感を抱いたまま、帰路についてからほんの1分も経たない時間の出来事だった。
「げっ……」
さっき、ヴェスパにナンパされた噴水の近くを通りかかると、彼は、まだ、懲りずに他の女の子に声をかけていた。
本当に手当たり次第だな。下手な鉄砲もなんとやら、というやつなのだろうか。
けれど、今、口説いている相手が問題だった。
純白に青いラインの入ったブレザーとプリーツスカート。明らかに制服だ。
手には大きな赤い宝玉のついた杖を持っている。
おそらく、この街にある冒険者養成学校の生徒だろう。
幼い顔立ちをした気弱そうなその少女は、ヴェスパに言い寄られて、明らかにおろおろとしていた。
「あいつ、性懲りもなく……」
助けに入ろうとしたチェルを僕は手で制す。
「ノル?」
「僕が行くよ」
僕はスタスタとヴェスパに近づくと、その肩をポンポンと叩いた。
「なんだよ。今、いいところ……って、さっきのかわいこちゃん!! なんだよ。もしかして、やっぱり俺とお茶したく──」
「サー・イーペル」
ボソリと精霊語を呟くと、ヴェスパが膝からその場に崩れ落ちた。
「えっ……えっ……!?」
「今のうちに」
僕は戸惑う彼女の手を取ると、ヴェスパから離れるように走り出した。
数瞬後──。
「あ……あれ……?」
一人、噴水の前で、立ち上がったヴェスパは周囲を見回した。
「どこ行ったんだ、かわいこちゃん? ……まあ、いっか。おーい、そこの彼女ぉ!!」
「ふぅ、とりあえず、ここまで来れば安心かな」
「あ、あのぉ……」
「ああ、ごめん!」
僕は、慌てて、握りっぱなしになっていた女の子の手を放す。
「い、いえ……。あの、助けて下さったんですよね。ありがとうございます」
「いや、元仲間の蛮行を見過ごせなかったというか……」
「?」
「ノエル!」
「あ、チェル」
逃げ込んだ路地に、チェルが僕らを追いかけてやってきた。
「さすがね。あれも、精霊の力?」
「うん。相手の周りの空気の濃度を少しいじってやると、あんな風に、失神させることができるんだ」
「相変わらず、もの凄く、繊細なコントロールね。さすが、私のノエルだわ」
小さく拍手して褒めてくれるチェル。
よせやい。ちょっと恥ずかしい。
「空気の濃度の調節……そんな難しそうな魔力制御ができるんですか?」
そう聞いてきたのは、学生さんだった。
彼女は、なぜか、尊敬したような瞳で、僕を見つめている。
「えーと、魔力そのものというか、精霊のコントロールだけどね。僕、一応、精霊術士なんだ」
「精霊術士……」
あ、一人称、"僕"って言ってしまった。
でも、彼女はそこには、あまり違和感を覚えなかったようだ。
まあ、ごくまれに、"僕"という一人称を使う女の子もいるし、下手に"私"というよりも、"僕"で統一しといた方が良さそうだ。
そんなことを考えているうちに、彼女は、突然グッと、拳を握り込むと、勢いよく頭を下げた。
まるで、面接かのように、腰の角度はきっちり90度だ。
「ど、どうしたの!?」
「あ、あの、お願いがあります……」
そして、目の前の彼女はこう宣った。
「私を、あなたの弟子にして下さい!!」
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