010.精霊術士、ナンパされる
さて、ところ変わって繁華街。
時刻は正午近くということで、人々の往来も多いこの時間帯。
僕は、チェルに連れられて、女装姿のまま、この場所へとやってきていた。
服装ももちろん着替えさせられており、今、着せられているのは、薄手のロングスカートに、チュニック風の上着といった格好だ。
たぶん、チェルの私服の一つなんだろうけど……ダメだ。考えるな。
ちなみに、元々の髪色に近い翡翠色のウィッグは、両サイドで三つ編みにされている。マネージャーさん曰く「町娘風」だそうだ。
あの強面で、ヘアメイクまで得意なのだから、本当にギャップが凄い。さすがは人気アイドルのマネージャーといったところか。
「うぅ……」
それにしても、歩くたびにふわふわと揺れるスカートの裾が、なんだか頼りなく感じる。
「ほ、本当にやるの……?」
「ええっ、これで自分のかわいさが証明出来たら、ノルも自信が持てるでしょ」
別に、女装姿に自信が持ちたいわけじゃないんだけど……。
「あの噴水の前が良さそうね。じゃあ、ノル。レッツゴー!」
「えっ、ちょ、待って……!」
自身はサングラスで顔を隠したチェルに押し出される形で、僕は、たった一人で、街の中でも、特に有名なデートスポットである噴水の前へと立った。
周りには、本物のカップルらしきペアがちらほらと見られる。
ふぇぇ、絶対、僕、浮いてるよぉ。
涙目になって、遠くの柱の影からこちらを見守っているチェルの方へ視線を向けるも、こっち見んな、とでも、言わんばかりの仕草で、シッシッと手で払われた。
うぅぅ……もう、嫌だ。
だけど、約束の時間は10分だ。
10分耐えきれば、僕が女装するというプランは白紙に戻る。
どうせ、僕なんかに声をかける人はいないだろうし、とにかくこの羞恥プレイが過ぎ去るのを待つのみ。
そう、今こそ精霊術士として培った、自然と一体になる感覚を発揮する時だ。
僕は空気。空気なのだ。
「ふぅ……」
集中するように、一度、目を閉じて、大きく息を吐いたその時だった。
「へい、かーのじょ♪」
「ふぇぇ!?」
いきなり目の前で声をかけられて、一歩後ずさる。
「あ、わりぃわりぃ。びっくりさせちまったな」
そう言って、後頭部を撫でつつ、すり寄ってくる男……。
僕はその姿を見て、思わず声を上げそうになってしまった。
(ヴェスパじゃないかー!!!)
そう、それは、僕をパーティーから追い出した筆頭である、大盗賊のヴェスパだった。
なんで、いきなりこいつが……。
もしかして、僕だとバレたのか、と慌てて口元を両手で隠してみるものの、目の前のヴェスパは、普段、僕に向けていたあの不機嫌そうな顔とは全く違ったにこにことした表情で僕を見ている。
こいつ、まさか、僕と気づかずに、声をかけてきたのか……?
「ねえ、彼女、もしかして一人? 良かったら、これからお茶でもどう? 奢るからさ」
「え、えーと……」
これ本気のナンパっぽい。
あれだけずっと一緒にいたのに、こいつ僕だとは、微塵も気づいてないのか……!?
どんだけ鈍感なんだよ。
助けを求めるように、チェルの方に視線を向けるも、事情を知らない彼女は、もう少し会話してみろ、とでも言わんばかりに、なぜだか誇らしげな顔で親指を立てていた。
あー、もう!!
「も、申し訳ないんですが、友達と待ち合わせをしてるんです」
なんとか作った笑顔を引きつらせつつ、できるだけ僕と気づかれないように声色を変えて、そう答える。
頼む。これで、諦めてくれ……という僕の願いも空しく、ヴェスパは、それを聞いても、一向に立ち去る気配がなかった。
「えー、いいじゃん。君さ。俺のこと知らない? 俺ってば、あの勇者リオンの率いるSランク冒険者パーティー【暁の翼】に所属してんだぜ! 大盗賊のヴェスパ様っていやぁ、冒険者仲間どころか、映像水晶の視聴者からも一目置かれる存在よ」
「は、はは……」
まさに、虎の威を借る狐だなぁ。
そういえば、普段から、昼間はしょっちゅう出歩いていたけれど、きっと、今みたいに、有名人であることをちらつかせて、女の子を口説きまくっていたんだろう。
ヴェスパの女癖の悪さは、冒険者達の間でも、ちょっと噂になってるレベルだったからなぁ。
チャラついた態度を見て、かえって、冷静になってきた。
全く僕の事には気づいていないみたいだし、どうせなら、色々聞き出してやろう。
「あっ、この前、映像水晶で見ました。確か、新しいメンバーが加入されたんですよね?」
「おっ!! あの放送、見ててくれたんだな!! そうそう、役立たずが抜けて、あの戦乙女セシリアが加入することになったんだぜ!! 実は、まだ、直接、本人とは会えてないんだけどさ!!」
「へぇ、そうなんですか」
どうやら、当の新メンバー本人とは、ヴェスパは、まだ、会えてはいないらしい。
確か、セシリアという冒険者は、西方の地の高難易度ダンジョンをソロで攻略して、一躍有名になった人だったはずだ。
おそらく、書簡か魔力通信なんかで、リオンが連絡を取り合って、パーティーに引き入れたということなんだろう。
「でもよ。来週には合流できる。そしたら、いよいよ、白亜の聖塔にリベンジだ!! 俺ってば、ますます有名になるからよ。今のうちに、仲良くしといた方がいいぜ」
そんなことを言いつつ、ヴェスパがさりげなく俺の横に来ると、右肩を抱くようにして手をかけた。
ゾッと、背筋に悪寒が走る。
こいつ、いつもこんなことしてんのか……。
一秒でも早くこいつと離れたい気持ちになりながらも、僕は、再び、愛想笑いを浮かべる。
もう一つだけ、聞きたいことがあった。
「あー、でも、精霊術士の方が抜けて、大丈夫なんでしょうか?」
「精霊術士? ああ、ノルのやつか。へへっ、あの野郎さ。どうやら、セシリア加入の件を知って、逃げるように出て行っちまったみたいでさ。本当だったら、直接、クビを宣告してやりたかったんだけど、まあ、こそこそ逃げていくのが、根暗なあいつらしいっていうか」
「リオン……勇者リオン様も、同じように思っているのですか?」
「へっ? そりゃあな。伝手をたどって、セシリアの加入までこぎつけたのはリオンだからな。あいつも、ノルの奴が出て行って、清々してることだろうぜ」
…………そっか。
「ほら、そんなパーティーを抜けた奴の話なんかよりさ! これからの俺達、新生【暁の翼】の展望を聞かせてやるからさ! ほら、そこの茶店とかで!」
「あっ、ノエル! 待たせたわね!!」
ヴェスパが僕の腕を取ろうとしたその瞬間、間に割って入るようにして、サングラス姿のチェルがインターセプトした。
「ほら、いくよ。ノエル!」
チェルに手を引かれ、僕は無言のまま、逃げるようにその場を後にしたのだった。
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