001.精霊術士、クビになる
それは本当に唐突だった。
いつものように、映像水晶で、冒険者達の情報を紹介する番組を見ていた時のことだ。
生放送の映像に、突然、僕のパーティーの他のメンバーが映し出されたのだ。
「えっ……?」
絶句するほかなかった。
何度も目をこすった。
でも、確かに、それは僕のパーティーのメンバー達だった。
僕の幼馴染であり、パーティーリーダーである赤髪の勇者リオン。
同じく幼馴染で、回復術のスペシャリスト、聖女エリゼ。
強力な爆発魔法を操る、勝ち気な魔術師メグ。
そして、メグの兄であり、その素早さには定評のある大盗賊のヴェスパ。
うん、やっぱり僕ら【暁の翼】のメンバーたちだ。
いや、"僕ら"なんて言ったけど、その僕が、今こうやってここにいるわけで……いったいどういうことだ。
そんな疑問に結論を出す間もなく、仲間外れにされた自分に、さらなる爆弾が投下された。
『我々、暁の翼は、この度、新たなパーティーの仲間として、戦乙女セシリアを迎え入れることになった』
高々と宣言するリオンの凛々しい声。
そして、上がる人々の歓声。
えーっと、ちょっと待って。
冒険者のパーティーは5人と定められている。
僕ら、暁の翼は、リオン、エリゼ、メグ、ヴェスパ、そして、僕の合計5名。
誰かが入るということは、つまるところ、誰かが出て行かなければいけないということで……。
そこに至って、僕はようやく気が付いた。
「僕、クビになったってこと……?」
こうして、僕こと、精霊術士のノルは、Sランク冒険者パーティー【暁の翼】から、間接的にクビを宣告されたのだった。
「確かに……兆候はあったなぁ……」
最低限の自分の荷物を入れたリュックを背負い、とぼとぼと路地を歩きながら、僕は、ここ数日の出来事を思い返していた。
ダンジョン攻略を終え、拠点としている一軒家へと帰ってきたときのことだ。
「おい、ノル!! お前、今日もボーっとしてやがったな!!」
僕を怒鳴りつけてきたのは、ヴェスパだ。
純粋な前衛が勇者のリオンだけのこのパーティーにあって、素早さを駆使して、敵をかき回すトリックスター的な役回りを受け持つ大盗賊だ。
当然、戦闘中の運動量はパーティーの中で最も多い。
対して、僕は戦闘中、ほとんどジッとしている。
僕の職業である精霊術士は、契約を交わした精霊を【言霊】を発することで操り、様々な現象を引き起こすことできる。
パーティーの最後尾に構え、戦況を見ながら、敵の行動を阻害したり、はたまた味方を援護するように精霊を操っているのだが、精霊自体が一部の人間にしか見えないこともあり、いかんせん画的には何をしているかわかりづらいのが実際のところだ。
僕たちの攻略を映像水晶で楽しんでいる、いわゆる視聴者からも僕の評判はすこぶる悪く、目深にかぶったフードと精霊の力を借りるときに発するぶつぶつとした呟きから、一部の人々からは「ネクラマンサー」なんて呼ばれている。
いや、僕は死霊術士じゃなくて、精霊術士なんですが……。
どちらにしろ、ひどい悪口だと思う。
とはいえ、同業者、しかも、パーティーメンバーであるヴェスパは、さすがに僕のやっていることを多少はわかってくれていると思っていたんだけど……。
「僕は、ちゃんとやってる」
「ただ、突っ立ってるだけだろうがよ」
「そうよそうよ!」
ヴェスパに同意するように声を上げたのは、その妹であり、魔術師のメグだ。
魔術師ながら、彼女はこのパーティーにおいては先頭から3番手に位置している。
聖女であり回復術を使うエリゼはその後ろであり、さらに、全体を俯瞰する必要がある精霊術士の僕が最後尾になる。
なので、必然的にそうならざるを得ないのだが、当然、前に位置しているということは、それだけ危険も増えるということ。
彼女は、非常に痛がりである。ダメージを食らうのを必要以上に嫌がる傾向があり、ずっと以前から、僕が一番安全な場所にいることに不満を持っているようだった。
「私達がこんなに頑張ってるのに、あんたは一番安全なところで、ボーっとしちゃってさ!!」
「だから、僕はちゃんとやってる」
それが目に見えにくいだけだ。
事実、戦闘中、ヴェスパには風の加護で自慢の脚の速さをブーストしてあげているし、メグにだって、得意の爆発魔法のコントロールのサポートや火力の向上を進んで行っている。
うん、僕はちゃんとやってる。
「お二人とも、そのくらいに……」
困ったような笑みを浮かべながら、助け船を出してくれたのは回復担当のエリゼだ。
彼女は、勇者以上にレアなエクストラクラス【聖女】の持ち主であり、その回復術の腕前は、世界でもトップクラスだと言われている。
また、一緒に故郷を出てきた幼馴染でもあり、僕への当たりが強いパーティーメンバーの中にあって、唯一、気の置けない仲間と呼べる存在だった。
「ノルは、よくやってくれてます」
「また、そうやって、聖女様は……」
ヴェスパとメグは、おもしろくなさそうに鼻を鳴らす。
いつもそうだ。
エリゼがいくら僕のことをフォローしてくれても、それは、彼女が幼馴染である僕のことをかばってあげているだけだと2人は解釈している。
まあ、それも当然のことだ。
パーティーの中で、エリゼはリオンに次ぐ2番手、対して、僕はといえば、実力は置いておくにしても、パーティー内の立場的な見方であれば、確実に5番目だ。
2番手が最下位をフォローしているのだから、そういう解釈をされるのも仕方ないと言えば仕方ない。
心の中で、はぁ、とため息を吐く。
こういう話はスルーするのが一番。
ここで、自分がいかにいろいろなことをやっているか2人に説いたところで、元々僕に対して嫌悪感を抱いている節のある彼らは、素直に聞いてくれるとは思えないし。
仕方ない仕方ない、と話をぶった切って、自分の部屋へ行こうとしていたその時だった。
「リオン様!!」
メグの嬉しそうな声が響く。
ガチャリとドアを開けて、リオンが玄関から入ってきた。
赤髪の勇者リオン。
ギルドに登録されている数少ない【勇者】の職業を持つ冒険者であり、そのカリスマ的な強さと寡黙でミステリアスな雰囲気から男性、女性問わず、たくさんのファンを持つイケメンだ。
例によって、僕の幼馴染であり、実のところ、僕がこうやって冒険者を生業としているのも、同じ村出身のリオンが、エリゼと一緒に僕を誘ってくれたからに他ならない。
「リオン、話はまとまったのかよ」
「…………ああ」
ヴェスパが何やら問いかけた言葉に、リオンは小さく答えながら首肯した。
「近いうちに合流できるはずだ」
「そっかそっか! これでようやく……!!」
ヴェスパがにししと、笑った。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、何の話?」
「ああ、メグ、実はな……」
ヴェスパがなにやらメグに耳打ちをすると、2人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「それ、いいじゃん!」
「だろ?」
なんだか、盛り上がっている様子だけど、いったい何の話なんだろうか。
と、その時、2人がちらりとこちらを見た。そして、まるで笑うのを我慢しているように口元を押さえる。
兄妹そろって仲の良いことで……。
けれど、その内容が気になるのも事実。
「あの、リオン」
僕は、問い掛けようとリオンの顔を見た。
背筋がゾクリとした。
なぜかって?
リオンが、とても冷たい目で僕の方を見ていたからだ。
いや、冷たいという表現も少し語弊があるかもしれない。
どちらかというと、そう無機質な視線とでも言おうか。まるで、ゴミでも見ているかのように、何の感情もない瞳が、まっすぐに僕の方へと向いていた。
いったい、彼はいつから僕をこんな風に見るようになったんだろうか……。
結局、僕の問いかけに応えることもなく、リオンは、そのままベースの奥へと姿を消した。
新作も執筆してます。こちらもどうぞ宜しくお願いします。
機巧人形<ガランドール>~整備を担当していたチームから追放された機巧技師ですが、最高の操縦者と魔導士が揃ったので、最強の人型メカを作ってみようと思います~
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