過去の回帰
この世界にステータスを確認する方法はない。全ての人が経験則で自分自身の力を知る。唯一知ることが出来ること、それは、自分のレベルと固有スキルの名称だけである。
スキルには二つの種類がある。一つは鍛錬を積むことで身につけることができる通常スキル、魔法・剣技などのもの。
二つ目はその個人のみが有することのできる固有スキル、サナのもつ"嫌われ者" ''向上心"等である。個人のみが有すると言ったが、皆が持っているものではない。いや、持っているものは殆どいない。それ程稀有なスキルであるため、能力が解明されている例は少なく、一生の内にスキルを使わない者もいる。
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「''向上心"か、一体どんな能力なんだろうな…」
レベルアップによって新たな固有スキルを手に入れてしまったサナは、自身の過去の記憶を省みてしまった。記憶の片隅に積み上げ、目につかないようにしてきた幼き頃の思い出、そして、自身が能力に気づくきっかけとなった出来事、今まで一度も思い出すことが無かったそれらのモノが、つい昨日のようにサナの頭にフラッシュバックしたのだ。
''サナ!あそぼ!"
"わたし、大人になったらサナのお嫁さなんになってあげる!"
"たすけてー!サナー!''
''噂の子供よ、目を合わせちゃダメよ"
"私の子供に近寄らないで!''
最初に思い出したのは、常に、サナの隣を歩いていた可愛らしい女の子。その子に優しく微笑えみを返す自分の姿。今のサナからは想像することすら出来ない幼少期。この二人の関係は、幼馴染であり、口約束とはいえ、結婚を誓いあった仲でもある、サナにとってこの女の子は掛け替えの無い存在であることは明白である。
次に現れ出た記憶はサナにとって大切な存在であるその女の子が、魔族に襲われ、助けを求めていた時、彼女を救い出すことが出来なかった自分の姿。涙を流しながら、彼女が殺させる瞬間を見ることしか出来なかったサナ、おそらく、これが今のサナを作った事件であろう。
最後に見えたものは、人々に恐れられ、避けられていた自分の姿。表情は険しく、修羅と呼ぶに相応しい姿をしているサナ。そんなサナを見た大人達による、村八分にも近い行動。この出来事がサナの固有スキルを理解させたのだろう。
「っっっ、余計な事を思い出しちまった」
珍しく苦しそうな表情を浮かべるサナ、額からは滝のような汗が噴き出している。
「ヴァンパイア相手にそんなに苦戦するなんて勇者のくせに情けないわね、あんた」
ヴァンパイアの強さ、そして、サナが苦しんでいる理由が分かっていないスペチアーレは、水を得た魚の如く勇者に文句を飛ばしている。
「確かにその通りだな、精神力を鍛え直さないといけないみたいだ」
サナは、過去の記憶に苦しめられている自分の心の弱さについて言っていたのだが、サナが実力不足を認めたと勘違いしたスパチアーレは満足そうにしていた。
「いや、ヴァンパイアを倒したのだ。褒められる事だぞ。まぁ、私は前回の旅で魔界に遠征したんだが、その時には、こんな事ざらにあったがね」
フォードは小さな嘘をついた。確かに、彼等はヴァンパイアを討伐したことはある。だが、その時は、かなりの苦戦を強いられ、さらに一度しか討伐を成功させていない。自分より一回り近く歳の若い男に負けを認めたくないかったのだろう。誇張と呼べる範囲を大きく逸脱してた。
「褒めてくれなくて結構だ。マスタングの雑魚とあんたで倒せたんなら俺も倒せて当然だからな」
ヴァンパイアが強敵であることを知ってか知らずか、倒せて当然と言うサナ。歴代の勇者の中でも、異質な力、彼ならば、今まで誰も成し遂げていない魔王討伐を果たしてくれるかもしれない…