レベルアップボーナス
朝陽が昇り始め、空が色を変えていく。大地にそびえる万物の影は遥か長く伸び、太陽に目を向ければ水平に光と視線が交差する。壁内では見ることが出来ない自然の姿である。
サナ達は太陽が上がる前、空が青白い内に起床していた。荷物を片付け、装備を身につける、太陽が顔を出す頃には、朝食も済ませ万全の状態であった。動ける時間は限られている。陽が落ちてしまっては歩くことができなくなる為、日がある内に多く歩くための工夫である。
サド村に向かって歩き始めたサナ達であったが、幾度と足止めを強いられた。前日を大きく上回るほど、モンスターと遭遇したのだ。さらに、その殆どが下位悪魔であり、中位悪魔であるオーガが現れる事もしばしばあった。
「壁外って思ったよりモンスターがいるのね」
「どうゆうことだい?スペチアーレ君、壁外の方がモンスターが多いなんて当たり前だろう」
「いえ、勇者は経験値を積むことと壁外の人々の危険を減らすことを目的として旅をしていると教わっていたので、モンスターの数を鑑みるにあまり効果は得られていないのかと思いまして」
「そうだね、モンスターは繁殖が早いから、幾ら討伐しても中々減らないんだよ」
「・・・・・」
サナは二人の話を静観し、興味を示していないように見える。しかし、彼の拳は震えていた。まるで怒りを抑えるかのように。
先の二人の会話で述べられた事は大半が虚構であった。勇者の旅の目的は公には上記の二つとなっているが、先代勇者のマスタングを含めた歴代の勇者達は壁外の人々を助けようとした事など一度たりともないのだ。
モンスターにはランクがある。
魔王、最上位悪魔、上位悪魔、中位悪魔、下位悪魔の5つである。当然、より強い悪魔を倒せばより多くの経験値がもらえる。しかし、この理に属さないモンスターがいる。それこそがスライムである。スライムは討伐が簡単な上、中位悪魔討伐と同等の経験値を獲得できる。さらにスライムは分裂して個体を増やすため、どれ程狩ろうとも個体数が減ることはない。
そのため、勇者達は自分のレベルを上げるため、危険な悪魔とは戦わず、スライムばかりを狩っていたのだ。そのような実態で魔族が減ることなどあるわけがない。
「無駄話はいい、口を開く暇があるなもっと足を動かせ」
サナはそれ以上話を聞きたくないようだ。二人を叱責し話を無理やり終わらせようとした。
「無駄話ってなによ。歴代の勇者がどれだけ討伐してもモンスターの数が減らなかったなんて重大な話じゃない」
「あんたこそ、ゆっくり歩いてないでモンスター討伐してきたらいいわ。歴代の勇者を見習いなさい」
無知な者は罪だろうか、それとも人を無知なままでいさせる者が罪なのだろうか。もし二つとも罪であるならば、この場には罪人しかいない。サナを含めて…。
「歴代の勇者に見習うところなんてない。俺は今の俺でいい」
サナがスペチアーレの言葉を否定したことで、彼女は怒りを滲ませ、サナに口撃を浴びせようする。しかし、それが放たれることはなかった。
深き常闇が目の間に姿を現したからだ。
太陽の光すら遮る黒き翼、顔全てを覆う鉄の仮面、そして、貴族を想わせる美しい礼服。
上位悪魔 "吸血鬼''である。
「なんでこんな所に上位悪魔がいるんだ!貴様らは魔界にいるはずだろう!」
「我が主であるゼファー・ヴラド様が東魔の君主であられる東の魔王ドラーク・ヴラウ様より直々に承ったご命令''勇者抹殺''を遂行するため私がやって参りました」
吸血鬼は淡々と勇者を殺しに来たと言い放った。その態度からは、かなりの余裕を感じさせる。それほどまでに吸血鬼とは強い種族なのだろう。
挨拶を終えた吸血鬼は一瞬にしてサナの前に姿を現し、攻撃を仕掛けた。が、すでにそこにサナはおらず、攻撃は空を切った。吸血鬼は慌てて周りを見渡すが、サナを見つけることが出来ずにいた。
地に足をつけていては探さないと思ってたのであろう、吸血鬼は翼を広げ、空に飛び立とうとする。しかし、ここで吸血鬼は気付いた。片翼が切り落とされていたということに…
「いつの間に⁉︎」
「お前が俺に攻撃を仕掛けた瞬間だよ。相手に近づくってことは、敵もお前に近づいていることだからな、次からは攻撃を仕掛ける時は注意してやるんだな。次があれば…だかな」
サナが剣を横に振り抜いたことで、吸血鬼の首が地に落ちる。上位悪魔がいとも容易く倒された。勇者はそれほどに強いということか。否、並の勇者であれば、吸血鬼と互角の勝負であっただろう。つまりサナが、歴代の中でも他に類を見ない強さなのである。人々に嫌われることで得た…強さなのである。
レベルアップ
サナの頭の中にレベルアップという単語が木霊する。通常、レベルアップで変わることはステータスだけであり、魔法や剣技は修行や熟練度を上げる事で身につける。だが稀にレベルアップすることで能力や特性が付加する場合がある。今、サナに起こっている事はその稀な場合である。サナの頭の中で鳴り響く''向上心を習得''という言葉は、サナが新たな特性を手に入れたこと表している。
サナ・ターゲット、19歳。レベル30であり、固有スキル"嫌われ者"と"向上心"を持つ青年。人類に希望が見えて来たかもしれない……
キャラクターの性格と話し方を安定させること、地の文を綺麗にまとめて表現力を上げること、この二つを目標に頑張ろうと思います。