修行
「サナ、さっきの脅しはなに?」
スペチアーレは、溜まっていた不満をぶつけた。スペチアーレが苦い顔をしていた理由であり、フォードが清々しい表情をした理由である。
「まぁまぁ、いいじぁないか。マガトキ村の住民が非協力的であることにも非があるのだから」
フォードは以前から、マガトキ村の住民に対して不満を持っていた。以前来たときは、軽くあしらわれ、相手にもされなかった。そんな憎き相手の鼻っ柱をへし折ったのだ。気分が悪いわけがない。
「彼らに非はないと思います。協力は、あくまでも強制ではなく、要請のはずです」
「なんだ、知らなかったのか?壁外の村人の協力は事実上強制だぞ。拒めばアシハラ軍が攻め込むことが告げられているからな」
「なっ!そんな勝手な!」
「俺に文句を言われても困る。文句ならアシハラ国王に直接言え」
スペチアーレはより一層激昂していたが、サナに文句を言っても意味がないと言うことを腹の中に押し込め、納得しようと努めた。
「明日は修行だ。早く寝よう」
サナは明日に備えて就寝の準備を始めていた。スペチアーレもフォードも、半歩遅れて準備を開始した。
皆身支度を解き、服を軽装に変えて布団に入った。虫、火、木、様々な自然の音にいざなわれて眠りを深くする。旅の疲れが、布団の中に溶けだして、身を軽くしていくのが分かる。明日には、絶好調になっているだろう。
ニワトリや小鳥の鳴き声ではなく、大型犬もしくは狼による遠吠えで朝の到来を知らされた。目覚めには聊か不似合いな音が響き渡っていた。
「サナたち、準備はできているか?」
ベンリィが迎えに来ていたようだ。タカマガハラ聖堂の扉の前から声が聞こえてくる。
「あぁ、皆準備できているぞ」
サナたちは、装備を纏い、社の中から姿を覗かせ、言葉を発した。
「ならば、いくぞ」
ベンリィは声を掛けると、村の外に向かって歩き出した。サナ、スペチアーレ、フォード、それに加え神主の男もついて歩いた。
「なぜ、神主が付いてきているんだ?」
「スペチアーレは魔導士だろう。信仰系魔法で神主に並ぶものはいない。彼がスペチアーレの修行につく」
サナの質問にベンリィが答える。スペチアーレに専門の講師がつくと言うことは、サナとフォードにも専門の講師がつくと言うことだ。だが、今現在、講師はベンリィと神主の二人しかいない。
「俺とフォードには誰がつくんだ?」
「サナには、俺がつく。フォードには村一番の拳闘士がつく」
サナの相手は、ベンリィで決まっているようだ。サナの足元にも及ばない実力ではあるが、戦闘技術は、アシハラの壁内外のなかでも一番だ。今のサナに足りないものをしっかりと叩き込んでくれるだろう。
「ついたぞ」
村を囲む壁からかなり遠ざかっている。これほどの距離が無ければ、修行の余波で村を壊してしまうのだ。
「おーい!俺の担当は誰だ?」
修行場所には既に男が一人立っていた。年齢は40代を迎えた頃だろうか、顔や体にはいくつもの古傷が残っている。拳闘士という役割から、超近接戦闘を行うことが多く、傷もつきやすい。傷の多さから、男の今までの戦闘の数や強さが読み取れる。傷一つついていないフォードが拳闘士としては異例なのだ。
「こちらの男性だ」
ベンリィはフォードを指さしながら、告げた。
「おお、よろしくな。俺はラクーンだ」
「ああ、私はフォードだ。よろしく頼む」
顔合わせも終わり、それぞれに分かれて修行の準備を始めていく。これから始まる修行は、サナたちにとってどれほどの力を与えることになるのだろうか。修行一日目が、今始まりを迎える。




