脅迫
決着は呆気なかった。マガトキ村一番の強者は、勝利を確信したと同時に意識を刈り取られた。なんてことは無い。サナの拳を鳩尾に叩き込まれ、呼吸困難となりブラックアウトしたのだ。
男が気を失ったことで、その場は静寂に包まれた。静けさは永遠に続き、男の意識が醒めるまで世界に音は戻らなかった。
「ううん・・・・」
男が意識を取り戻した。顔には怒りが滲み出ている。
「お前、それでも男か⁉わざと手を抜いていやがったな!」
男は気を失う寸前の記憶をハッキリと覚えていた。サナの気怠気な表情と声色、そして目で捉えることの出来なかった一撃、己の身すら懸けた全力の攻撃を、面倒臭そうに踏みにじった瞬間を・・・
「その通りだ。俺が本気で戦ったら修行にならないだろうが」
「お前が勝ったら、修行について考えてやると言っただろうが!」
「確かに言われたが、こちらも修行相手に相応しいか判断する必要があった」
「なんだ!その上から目線は!お前になど修行はつけない!」
男は、サナの言葉に我を失っている。修行を断る旨を荒々しく告げると口を閉じた。血走った眼からは、サナの話をこれ以上聞く気はないと訴えていた。
「勘違いするなよ、これは命令だ。今までの勇者は、お前らの実力故に勝手を許していたが、今は実力も立場も俺が上だ。逆らえばマガトキ村全員皆殺しにするぞ」
男の怒りも、慟哭も、血走った瞳すらも、サナの黒い言葉に呑みこまれた。放たれた呪言は、男にすべてを忘れさせ、ただ、焦燥だけを置いていった。
「なっ!そ、そ、そんな横暴ゆるせるわけがっ・・・」
男は、先ほどまでとは別人のように声を震わし、反論する。歴戦の戦士でも、狂人でもなく、今はただの赤子のように男は身を震わせていた。
「なんだ?今までは力を振るい身勝手に行動してきたのに、弱者となった瞬間に心変わりでもしたのか?」
サナの発言は実現可能な未来だ。例えマガトキ村全員で攻撃を仕掛けようとも皆殺しにされるのは確定だ。強者の発言は弱者にとっての未来なのだ。そんな男は、言葉ですら相手を打ちのめす。男は、今までの自身の行動を顧みて、これ以上の反論に意味はないと悟った。
「分かり、ました」
男が紡ぐことが出来た言葉は、了承の言葉だけだった。
「それじゃあ、一か月ほどだがよろしく頼む。と言うわけで、名前を聞いてもいいか?」
サナは黒いオーラを沈め、男に名前を聞く。サナの二面性は、まるで悪魔と人間が同居しているかのようにすら感じられた。勇者サナ、化け物じみた強さの底は常闇の如く暗く、いくら凝視しようとも一向に見えなかった。




