憎悪
早朝、アシハラ城宝物庫より宝鎧が運び出されている。朝早く旅立つサナのため、まだ空が暗いうちから、兵士たちは動いていた。
午前6時過ぎ、サナはアシハラ城の正門の前に来ていた。当然、昨日の国王との会話でこの時間に宝鎧の受け取りを行うことを決めていたのだ。正門前には、サナの到着を待っていた兵が二人仁王立ちしていた。屈強な体は、何物にも負けないと感じるほどだ。だが、この世界において、身体を鍛えぬけば最強になるということはない。生まれもった固有スキルの有無や、魔法の才、どれだけ努力しようとも越えられぬ才能の差が如実に存在するのだ。
「私はお前を信用していない。なぜ国王は宝鎧をこのような屑にお渡しになるのか」
「全くだ」
二人の兵士は、サナを案内しながらも、自身の思いの丈を身勝手に吐き捨てていた。その空気の震えは、当然のようにサナの鼓膜を揺らす。
「負け犬だな」
サナも敢えて聞こえる声で言葉を漏らした。やっていることは子どもと変わらない。文句を言われたから言い返す。まさしくガキだ。だが、子どもの言葉は、人の触れられたくない急所を的確に抉り取る。
「貴様!勇者だからと言って調子にのるなよ」
「どうせお前は魔王討伐も叶わぬまま、来期英雄杯で勇者の称号を剥奪されるに決まっている!」
負け犬の遠吠えでしかない反論をした兵士たち。自身の実力ではサナに勝てないことを不服ながら知っている、今の彼らに出来る最大の反撃は、サナを倒せるほどの強者が表れることを信じるしかなかった。他力本願、負け犬の所以だ。
「吠えるな、子犬が」
サナは、相手を煽ることに躊躇いがない。特にアシハラ内において、それは加速する。サナは心の底から、アシハラに住む人々を嫌っているのだ。外のことを知ろうともしない、安全なところから壁外の人々を心配する、その考え方が。もちろん壁外のことを知っておきながら、行動しない、貴族や王、歴代勇者たちには、嫌悪を超え憎悪すら抱いている。
兵士からの小言を受け流し続けていると、いつの間にか国王の部屋の前に来ていた。王は朝が早いこともあり、非常に覇気がない。
「勇者サナ、アシハラの至宝である宝鎧をお前に授ける。必ずや魔王を討ち倒せ」
屑としか言いようがない王ではあるが、王は王、決められた手順は威厳を持って行うことが出来るようだ。先ほどの気だるさは感じられない。
「はっ!必ずや!」
サナも威厳をもって返す。内に潜む憎悪を包み込んで。
授与式は終わった。サナが自主的に帰還するまで、目の前の王に合うことはない。サナはほんの少しの歓喜を覚えながら、スペチアーレとフォードがまつ正門へと向かって行った。




