夜の月
討伐が決定したとしてもすぐには動けない。サナたちは、顔も能力も全く知らないからだ。
情報を集める為、事件当時に現場にいた兵士に聞き込みを行っていた。分かった情報は以上になる。
『歳は20代前半』『白髪に赤い瞳であり恐らくアルビノというものだろう』『特殊能力は使っていなかったが恐るべき身体能力であったため、肉体強化系の能力の可能性あり』『傷を負わせることはできたが、戦闘は出来るだろう』
「兵士たちが傷を負わせることが出来たなら、国王直属の高潔の使徒でなんとかなるだろう」
サナは皮肉を込めて言葉を吐き捨てた。
「サナ君、それが不可能なのは知っているだろう」
フォードはサナの発言に、煩わしそうに答えた。
高潔の使徒、高い能力を有していながらも実質戦力にはならない者たち。彼らの前世界では、戦いなど全く経験することが無かった。力を持とうとも、その力に見合う覚悟も経験も全く有していない、彼らは、張りぼての兵器なのだ。
「使えない奴らを天は呼びやがる」
「それ以上は止めたたまえ、天を愚弄することは私が許さない」
天とは、天界のことをさす言葉だ。この世界には、魔界と同時に天界も存在する。多くの人間は高潔なる存在である天使たちを崇拝し、畏怖している。天界を愚弄することは、この世界では許されないのだ。
「はいはい、止めますよ」
サナはフォードに注意され、素直に愚痴を止めた。
「それより、どうする?相手は手負いだ、手分けして探すか?」
「私はそれでよいと思っている。兵士たちで傷を負わせることが出来たのだ。我々なら一人で討伐も可能だろう」
「私もそう思うわ」
3人の方針は決まった。個別で討伐するようだ。
「なら、俺は行く」
情報と方針が決まれば、城にいる必要はない。サナは一人、城を出て町に向かって行った。
「私達も行こうか」
「はい」
フォードとスペチアーレもその後それぞれが別の方角へと歩みを進めた。
時刻は、午後の9時頃。夜空には大きな満月が輝いていた。月の美しさは、同時に不気味な怪しさを孕んでいた。切り裂きジャック、19世紀末の殺人鬼。この世界にその存在を知る者は、高潔の使徒を除いて誰もいない。だが、夜の月が映し出す空気だけは、殺人鬼の姿を知っているかのようだった。




